浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)

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本棚登録 : 806
レビュー : 108
制作 : 飛田 茂雄 
葡萄森兄夫さん 海外文学   読み終わった 

翻訳がとってもいい。洗練されていて、味わいもある。
さて、作中人物、画家・小野益次は、孫が生まれて程ないので、60代くらいか。
それまで自らが歩んできた人生を振り返る独白とともに、物語がつむがれてゆく。
この回顧の感じ、独り語りの手ざわりが、翻訳のよさとあいまって、心地よい。
わたし自身 初老の年代に近づきつつあることもあり、小野の独り語りの感じに、なんとも心地のよさを覚えたのだ。

また、以下のような一節もあり、ある種のセンチメンタリズムをかすかに刺激された。

後半生のふとしたときに、人は、自分が周囲から高い評価を得ていることに、気づかされることがある。
 …そんなことを述べた一節があった。
また、
自分の独自の言い回しや癖、と思っているものは、実はその多くが、自分が尊敬し師事した人物の言葉や癖を、
知らぬ間に自分に映しこんで、受け継いでいることがある。
 という大意の一節もある。

なるほど、そうかもしれない。自分もそうかもしれない…。などと、時おり自分の人生を振りかえった。
読者として、主人公と年代が遠くないためか、かような読み方を味わえるのは、楽しいものであった。

また、小野の師匠、画家のモリは、弟子たちを連れて花街にくりだし、連夜のように飲み明かす。
夜の宴のはかない光と陰のなかにこそ、人生の真実があり、その「浮世」のすがたを描くことこそ、至高の芸術なのだ…、という主旨のことを言う。
このくだりは、芸術のロマンを感じさせ、これまたいいものである。

だが、しかし。 である。

カズオ・イシグロ作品、3つめ。そして今回もまた、戸惑いのうちに読了したのであった。
文章は平易であるし、さほど難解なテーマを扱っているとも思えない。
だがしかし、
「事実らしきもの」が、劇中で変転するので、そこで「解釈」に戸惑うのであった。
ちなみ、「信頼できない語り手」の手法は、前2作で学習したつもりである。

具体的には、下記のことである。
中盤、小野は長女節子から、次女紀子の縁談が破談し、次もうまく行かない気配があるのは、父である小野の戦時中のふるまいが遠因だ、と遠まわしに言われる。

小野は、言っている意味がわからない、とか、そんなはずはない、という立場を貫く。

だが、終盤、次の章では、紀子は無事に結婚。長女節子と紀子らが揃う親子水いらずの夕食の場面である。
小野は、戦時中の自身の考えや行動を自己批判する。すると、長女節子は、(以前、次女の破談の恐れを理由に)父に言ったことを完全に否定する場面が続くのである。記憶違いではないか、とまで言うのだ。
これは、読み手は、いったいどう解釈すればよいのだろうか。

終盤、かつて小野が描いた絵について明らかにされる。戦意高揚に与するための絵で、醜悪な絵である。となれば、小野の弟子たちが、かつて小野の芸術的才能を礼賛したことは、幻想あるいは嘘だったことになる。
さらには、後半、小野が弟子黒田の家を訪ねたときの、ある陰惨な場面が明らかにされる。
黒田の家には、特高警察らしき者たちがいて、黒田は連行された後だった。内庭では、黒田の絵が焼かれ、母が厳しく尋問されすすり泣きをしている。(その後、黒田は警察で苛烈な拷問を受ける)。 
ここで、小野は警察の行動に驚き、黒田への捜査を止めようとする。そして自身が「内務省文化審議委員」の一員であり、「非国民活動統制委員会」の顧問でもある、と告げる。そして小野はその数日前 “黒田に注意してくれたら、本人のためになる” と発言したと言う。

小野は、そうは言ったもの、黒田を官憲に売ったつもりはなかったし、黒田がここまで過酷な運命に落ちる、とは想像していなかったのだ、という。(あるいは、この「弁明」もまた、偽りかもしれない。)

小説の前半、小野は、戦中の自身の行動、価値観に、過ちはなかった、とする言葉をくりかえしていた。
また、当時の自分の行動や価値観は、その頃は、国のため社会のために正しいことと信じていた、とし、それを正当化する言い方を繰りかえす。
だがしかし、作品の終盤で初めて詳らかになる、小野による「仕打ち」は陰惨なものだ。 読者である私は驚かされた。 

そして、前述のように、これに隣接した直前の章では、小野の長女は、それまでの、戦中の父を「責める」態度から転じ、小野に、自身をせめないでくださいね、という姿勢である。(その一節で、戦時体制を賛美する唱歌をつくった音楽家が、その責を負って戦後自殺したことが書かれる。小野の娘らは父の自殺を恐れ、父へ「批判」をやめたのだろうか。) 

かような次第で、小説の前後で、つじつまが合わない、というか、奇妙な変転があり、戸惑う。

人の記憶のあいまいさ、それが主題のひとつなのか。あるいは、ひとは事実を隠蔽し、記憶を書き換えること。その卑怯さ、哀しさを 描いたのか。

わたしの、読解力に問題があるのかもしれないが、困惑のまま、読了したのであった。
語り手の物語ることに虚偽や隠蔽がある。そのことも含めて、作品をまるごと読みとかなくてはならない。いやはや、やはりイシグロ文学は難しい。

レビュー投稿日
2019年5月20日
読了日
2019年5月17日
本棚登録日
2019年4月7日
2
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