刑事たちの夏

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レビュー : 6
著者 :
cafemetropolisさん  未設定  読み終わった 

<メイエルストルムあるいは落下の法則>
呪縛という映画があったが、これも既存システムの腐食に立ち向かう人々の話だ。

大学生の頃、行きつけの頑固なジャズ喫茶があった。そこで多くの渋いLPを聞いた。良くわからないが、気になるメイエルストルムの渦という前衛的なアルバムを一度聞き、良くリクエストした。リクエストするたびに、マスターは、肩に力入れてんじゃないよというような微笑でリクエストに応じてくれた。当時のジャズ喫茶にはフリージャズのような尖がった観念性を受け入れる雰囲気があったのだ。

ところでメイエルストルムなのだが、ポーに大渦にのまれてという短編があり、それを素材にしていた。文庫本を探してすぐに読んだ。話は海で大渦に巻き込まれて九死に一生を得た船員の語りだった。彼は未曾有の大渦に呑まれる。船ごと奈落へと引きずりこまれる中、船員はそのプロセスを冷静に観察した。観察によれば、ものの形状によって落下の速度に違いがある。それに基づいて彼はもっとも落下速度の遅い樽に身を括り付ける。

この警察小説も落下の法則をめぐる物語だ。金融システム、大蔵省、警察システム、マスコミの腐食に伴う殺人事件がその舞台だ。ある意味でこの小説は、とても古くさい。古いという意味は物語の結末があらかじめ予想されるということだ。ハリウッド映画に見事なディテールに満ちているが、結末が古典劇の如く透けて見えるものがある。それでも十分に映画的魅惑に満ちている、ぼくはそんな映画が好きだ。この小説の魅力もそういった古典的構造の中にあるのではなく、靴をすり減らす捜査員、ノンキャリの中間管理職の自然な腐敗、現場の捜査員のあきらめ、警察OBの誇りなどの描写にある。これに比べると既存のシステムに立ち向かう女性検察官、新聞記者は物語の下僕と化していて警察官たちほどリアルな魅力がない。

新宿歌舞伎町のホテルで疑獄事件に関与している大蔵官僚が墜落死する。その真相を追い詰めようとする捜査官にさまざまな妨害の手が伸びる。とりわけ警察内部あるいはOBからの執拗な妨害が行われる。そんな困難の中で警察というものの理念に忠実な刑事がひとりヒロイックに立ち向かう。日本の組織がそもそもの存在理由ではなく組織存続の自己論理の中で運動をしはじめるというのは、90年代ぼくらが多く目撃してきた事実だ。警察は犯罪の追及ではなく、多くのOBの天下り先の確保という論理によって動きはじめる。

ぐっとくるのはこんなところだ。

《白を黒と言いくるめ、そのままで困らないからといって、殺人犯を赦免するようでは、警察なんかなくたっていい。》


《頭取だか誰だか知らないが幹部たちの弱みを握って、いいように銀行をしゃぶろうなどという気もない。あるのはむしろ、当惑だ。任官以来40年近く、正しいものが正しくあり得る社会にするため、ほんの少しでもいい、お役に立てばいいと願ってきた自分を、何時の間にか自らがおとしめてしまった、この事態に対する当惑だ。》

システムは大渦と同じで、周りのものすべてをその中心へと向けて呑みこんでいく。逃れるすべはない。あらゆる存在がその中に吸い込まれていく。どうせ落ちていくんだから一緒だと考えるものと、落下の速度を意識するものの生き方には決定的な違いがある。その違いをぼくは倫理と呼ぶ。

ポーの短編の結末で、落下の法則を理解した船員は生き残るが、一夜にして彼の髪の毛は真っ白になってしまう。結局、大渦の中では、生存者すら無傷ではいられないのだ。

レビュー投稿日
2011年2月21日
読了日
2000年9月21日
本棚登録日
2011年2月21日
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