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週末、地震のせいというのでもないだろうが、体調不良におちいり、ほぼ寝たきりの生活になった。寝たきりとはいっても、寝床の周りには読みかけの本が積み上げてあり、ラジオが置いてありと、寝ては読み、読んでは、ラジオを聴きながら眠り生活というのが適切な表現だ。

CDプレーヤーをかけたら、前に入れっぱなしにしていた、柴田元幸のリチャード・パワーズとのインタビューが流れはじめた。柴田さんの英語はしっかりとしていてうまいなあ。天才パワーズの声も低めで、穏やかな声だ。「舞踏会へ向かう三人の農夫」について語っている。

作曲家が自分の曲を歌う時の肉声の魅力があるのと同様、作家が、自分の言葉で、作品を書くという行為を語る言葉もかなり魅力的だ。

柴田元幸という傑出した翻訳家による「ナイン・インタビューズ 柴田元幸と9人の作家たち」は、柴田が行ったインタビューの日米対訳があり、インタビューが吹き込まれたCDが付いておりと至れり尽くせりだ。

ポール・オースターの奥さんであるシリ・ハストヴェット、漫画家のアート・スピーゲルマン、南部的なT・Rピアソン、「シカゴ育ち」のスチュアート・ダイベック、リチャード・パワーズ、「体の贈り物」「家庭の医学」のレベッカ・ブラウン、日系の堂々たるイギリス作家のカズオ・イシグロ、ポール・オースターと村上春樹。

柴田元幸という翻訳家(=読者)を経由して、日本の若い世代の作家が米国文学の良質な要素をどんどん吸収している。同伴者である村上春樹は、海外文学の文脈の中で、自分の作品を構築し、それが翻訳されることで、海外文学の若い世代へと影響を及ぼしていく。その幸福な円環を結ぶ重要な結節点が、柴田に代表される翻訳者の存在なのだろう。

たとえば、シリ・ハストヴェットの詳細への志向性。

「いろんなものが目に止まるから、とにかく書いて、書き直していくなかで、大事なディテールは残して、残りは削る。たぶんそれは、書いているときに、何もかもすごく細かく視覚化していて、それに、人の息とか匂いとかそういう細かいディテールが好きだから・・・」

作家であることの快楽がここには描かれている。書くということの快楽にとらわれる人生が作家なのだ。

『彼方』の中の素晴らしいフレーズ、「小説を書くのは、決して起きなかったことを思い出すようなものだ」(Writing fiction is like remembering what never happened)を柴田が指摘したのに対して。

「決して起きなかったことを思い出す、なんてすごく変な考え方ですけど、小説を書いている実感にはぴったりなんです。私にとっては、ちゃんとしたものを書こうとするのは、何か失われた記憶を、うっすら覚えている出来事を探して脳の中をひっかきまわしているような感じなんです。実際、自分が使っているものは、虚構を作るための何らかの記憶ではないか、そうよく感じるんです。」

T.R.ピアソンが紋切り型の小説の会話を批判しているこんな件。

「でもね、現実の人間は、言いたいことをそのまま言いはしない。みんなそうしようと思っても、話はすれ違いの連続だ。君が僕に何か言う。僕はそれを部分的に誤解する、そして何かを言い返す。それは君が予期していた言葉ではなく、こうして二人とも話題からそれていく。あるいは、言いたい言葉を僕が重いつけなかったり、間違った言葉や表現を使ってしまったり・・・・その方がね、ずっと普通なんだよ。」

カズオ・イシグロは自分の声を見つけるということをこう語る。

「とにかく、自分の声を見つけなくちゃいけない。本物の作家になるというのは、本を出すかどうかなんてことではかならずしもなく、一定の技巧を身につけるということでもない。自分の声を見つけた時点で、人は本物の作家になるんだというわけです。それはつまり、書く文章に、その人にしかないものがあるということです。これならほかの人と間違えようがない。そういうものがあるということです。」

最後に、インタビューした作家からも何度も、コメントが出ていた村上春樹は、

次世代について何かを受け渡すということについて、独特な留保付きでこう語っている。

「僕は実際には子どもはいないけど、いちおう読者がいて、僕の読者は若い人が多いですよね、で、上から何かを与えるというんじゃなくて、同じレベルで、何かを伝えたい、あるいは交換したい、という気持ちはけっこうあるんですよね。実際の子どもに対しては、そういうことはものすごく難しいと思うんだけど、フィクションを通してだと、そういうのはある程度可能なんですよね。」

引用したい部分に満ちた、豊かなテキストだ。全文、英文も日本文も打ち込みたくなってしまう。結局、手に取り、読み、耳にすることを、いろんな人にすすめたくなる本だ。とくに、小説好きの人には。





体調もあるけど、人間には、精神を冷やさなくてはならない時期というのがある。今のぼくは、そんな状態のようで、いくら眠っても、疲れが消えないのは、人生に対するスタンスが、疲弊しているからのようだ。そんな時には、作家たちの穏やかで低い(なぜか皆低い声だ)言葉は優しい。





寝たり起きたりの生活の通奏低音として、このCDを流している。白昼夢の中に、ダイベックやブラウンが出てきて、僕に話しかけている。





疲弊して固定化した精神部分を、彼らの声がもみほぐしてくれるような気がする。





外は、夜来の雨が降っている。

レビュー投稿日
2011年2月19日
読了日
2005年7月26日
本棚登録日
2011年2月19日
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