坊っちゃん (角川文庫 な 1-2)

著者 :
  • KADOKAWA (2004年5月10日発売)
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本棚登録 : 2169
感想 : 181
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 近所の古本屋で100円で売っているのを見つけて、ついつい買って読んでしまいました。

 これまで何度か読んでいて、ストーリーもよく分かっているのですが、何度読んでも面白いですね。いちばん最初に私がこれを読んだのは今から四十年以上前の中学生のころで、旧仮名遣い・旧字体が混じった本でした。下女の清の名前が旧字体(淸)で書かれていて、「なんて読むのかなあ?」と戸惑ったことを記憶しています。角川文庫版は新仮名遣いで文字も大きいので本当に読みやすいです。

 この作品、以前はただ痛快なお話としか感じませんでしたが、その後だんだん感じ方が変わってきました。要するにこのお話は、「真っ直ぐに生きているつもりでいたがその結果として世の中との折り合いをつけられなかった若者の失敗談」なのですね。このような若者を「坊ちゃん」と呼ぶことは理にかなっています。

 社会のあちこちにある様々な人間模様を巧みに戯画化しています。狸、赤シャツ、うらなり、山嵐、のだいこなど、登場人物に面白おかしく付けられたあだ名は実に的を射ていて、漱石の人を見る目の鋭さに驚かされます。また、漱石の他の作品には知恵者としての言葉がふんだんに盛り込まれていますが、この作品でも坊ちゃんの口を借りて、面白おかしい人間批評がなされています。例えばこんなところです;
── 議論のいい人が善人とはきまらない。やりこめられる方が悪人とはかぎらない。表向きは赤シャツのほうが重々もっともだが、表向きがいくらりっぱだって、腹の中までほれさせるわけにはゆかない。金や威力や理屈で人間の心が買えるものなら、高利貸しでも巡査でも大学教授でもいちばん人に好かれなくてはならない。(p127)
── 商人が頭ばかりさげて、ずるいことをやめないのと一般で生徒も謝罪だけはするが、いたずらはけっしてやめるものではない。よく考えてみると世の中はみんなこの生徒のようなものから成立しているかもしれない。人があやまったりわびたりするのを、まじめに受けて勘弁するのは正直すぎるばかというんだろう。(p146)

 物語の構成も見事ですね。細かなエピソードを積み上げていき、中学校と師範学校の生徒の乱闘騒ぎを一つの山として、それから間を置かず赤シャツとのだいこに「天誅」を下すというクライマックスに持っていってあっけなく終わりにしてしまう。山嵐と坊ちゃんが学校を去るという、「勧善懲悪のハッピーエンド」だけではないほろ苦い終わり方もいいと思います。

 ところで、この小説は漱石自身の松山中学教諭時代の体験を基に書かれていることは間違いないですが、それでは坊ちゃんのモデルが漱石かといえば、ことはそう単純ではないようです。漱石は「当時其中学に文学士と云ったら私一人なのだから、赤シャツは私の事にならなければならん」と語っているとか(https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%8A%E3%81%A4%E3%81%A1%E3%82%84%E3%82%93)。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 国内小説
感想投稿日 : 2018年3月25日
読了日 : 2018年3月25日
本棚登録日 : 2018年3月25日

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