物語のおわり (朝日文庫)

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本棚登録 : 1183
レビュー : 106
著者 :
caysannさん  未設定  読み終わった 

小さな閉ざされたまちに生まれ、大きくは変わらない人間関係の中で地に足をつけて生きていくのだと思っていた。だけど大きな夢に気づいた時、自分はどう動くのだろう。誰を説得して何を捨ててどこに行こうとするのだろう。

山に囲まれた田舎町でパン屋の娘に生まれた少女、絵美は、山の向こうに広がる大きくて光に溢れた世界に憧れつつ、小説家になりたい気持ちを募らせていく。絵美の才能を知った友人が東京の作家の元へ修行に出ることを勧めるも、婚約者であるハムさんも絵美の両親も強く反対する。気持ちを抑えきれずに、駅に向かう絵美。そこにはハムさんが待ち構えていてーー。

結末が書かれていない原稿が、北海道という広大な大地を舞台に、様々な岐路に立つ旅行客の手から手へ渡っていく。それぞれの状況に当てはめながら理想的な結末を思い浮かべて、登場人物たちは自身の問題解決に向けて一歩前進していく。

特殊造形の道に進むために渡米したいと主張する娘との確執を抱える父親は、娘の将来を心配しながらも笑顔で送り出してやろう、と気持ちを整える。
「なぜ特殊造形の道に進みたいのか。具体的にどんな勉強をしたいのか。どんな職業に就きたいのか。なぜ映画なのか。メインは特殊造形なのか、映画なのか。夢を叶えるために必要な努力とは何だと考えているのか。リミットを設けるのか。夢を叶えるために、何を守り、何を失う覚悟ができているのか。」全部答えることができたら、娘の勝ちを認めよう、と決めて。

地道な仕事を選びキャリアを積んだ女性は、大きな夢を追いかけていた恋人との別れを、少しの感傷を伴って懐かしく肯定できるようになる。
「僕には地に足付いていないと思える職業を目指している人を見ると、働くってことをなめんなよ。とか、おまえの夢なんて地道な仕事に就いている大多数の人の上に成り立っている余興みたいなもんじゃないか、なのに、自分は特別な才能がある、って顔しやがって、なんて、その人から否定されたわけでも、バカにされたわけでもないのに、吠えてしまいたくなるんだよね。いっぱいいっぱいの自分を守る手段だってことにこの歳になってようやく気付いたんだけど。」と話してくれた男性との出会いに助けられて。
彼と自分が人生の一点で交わったことは間違いではなかったのだ、と少しばかり涙を流して、同じ生活に戻る。

そして最後には、「絵美」がおばあちゃんとして、孫娘の悩みに寄り添う場面に辿り着く。
ハムさんは東京に向かう「絵美」を連れ戻さず、絵美は挑戦も挫折も味わい、自分の判断でパン屋に戻ってきたことが分かる。
それでもこれから先の人生で、もう一度くらい物語をかいてみそうな希望を残し、優しさと潔さと深い思慮を感じさせる、自分と向き合う小説だ。

レビュー投稿日
2018年2月12日
読了日
2018年2月12日
本棚登録日
2018年2月12日
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