さくら (小学館文庫)

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レビュー : 565
著者 :
caysannさん  未設定  読み終わった 

西加奈子さんの作品にはリアルがある。
隣の家で起きているような、ごく親しい友人に起きているような、何年かに一度会うか会わないかの親戚に実は起きているような、だけど私は死ぬまで知らずに終わるかもしれない、そんなリアルがある。登場人物はとても変わっていて、だけどどんどん読んでいくと、変わっているのは私の方かもしれないと思ってしまうほど、彼らは自然でまっすぐで素直なんだ。

主人公の薫には、宇宙一幸せな父さんと、美しく明るい母さん、太陽のようでどんな場所でも中心にいるような人気者の兄さんと、そんな兄さんに恋をする、乱暴者で愛想のないとびきり美人の妹がいる。その家族には、大して美しくはないが賢く愛嬌のある「さくら」が、幸せの象徴として飼われている。

太陽のような兄さんと僕はいつも一緒にいて、可愛い妹の誕生を喜んだり、両親の仲睦まじさに目を合わせたり、互いの初体験やなんやかやを語り合ったりしたのだが、そこには僕の、兄さんに対する絶対的な信頼と羨望があった。
世界で2番目か3番目に美しい妹は生まれながらに兄さんしか見えなくて、父さんも母さんも当然ながら太陽の恵みを毎日受けていた。

兄さんの事故と後遺症と、それらに苦しめられた末の自殺によって、家族の笑顔は奪われたのだが、「さくら」だけは変わらずボールを追いかけたわしと戯れる。
変わり果てた家族が、また少しずつ共に歩き始められるまでの希望を感じさせる物語だ。

いくつも心に残る場面があるのだが、
三兄弟が両親のセックスの声を聞いてしまった翌朝、ミキ(妹)が勇敢にも「何やってたの?」と聞いた時の母さんの回答は、我が子に同じことを尋ねられた時に真似しようと思ったし、
父さんが「不幸」に耐えきれずに出て行ってしまった時に、主人公が、我が家の幸せを支えていたものがは兄さんの笑顔や母さんの歌声なんかの「燦々と降り注ぐ夏の太陽みたいな暖かさ」ではなくて、父さんがチェスを楽しむ音やメガネを拭く音なんかの「秋口の遠慮がちな太陽みたいなそれ」だったと悟るところなんかは、あぁそうだよ、幸せは、慶びは、静かにそこにあるものなんだよ、なんて思ってしまった。
それから、人生について。兄さんや主人公が、「ボール」を受けたり投げたりすることと自分の人生とを重ねていく中で、「さくら」は目の前にあるただ戯れずにはいられないものとして「ボール」と対峙する。面白い。

圧倒的なのは西さんがあとがきで書いていることだ。
「『何かを書くこととは?』ということを忘れることが出来るのは、何かを書いている間だけである」

意味なんてない。いや、あるのかも知れないけど必ずしも考えてその場で理解しようとしなくていい。
今ここに立って、没頭してみるんだ。
意味を知るとしたら、その後だ。

レビュー投稿日
2017年10月27日
読了日
2017年10月27日
本棚登録日
2017年10月27日
4
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