中原中也 (講談社文芸文庫)

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著者 :
chokusunaさん 本・雑誌   読み終わった 

中原中也とも一時期直接の交友があった著者による評伝。三章にわたり、時制が行ったり来たりで把握しづらい分もあったが、内容は濃密。長谷川泰子氏については、悪い人ではないし、美しい瞬間もあったが、詩才や文学の才などはなく、どちらかというと気のいい俗っぽい人、文学酒場にもタカりにくるような歓迎されざる客だった、小林との同棲時はノイローゼだった、という評価。/富永太郎の失恋の特徴は、それを過誤と敗北ではなく、自己の存在の理由に転じようとする意志にある、過誤を過誤と認めたくない大変な傲慢だが、その傲慢のうちに、大正十四年、二十四歳で死んだ。/もう秋か、ーそれにしても何故に永遠の太陽を惜むのか、俺達はきよらかな光の発見に心ざす身ではないのか、ー季節の上に死滅する人々からは遠く離れて。(小林秀雄訳)/病気というシチュエーションが二人を結んだと中原はいうが、通俗小説を連想するのは中原の中の「口惜しき人」のさせる業である。ここにあるのは、単に泰子が男を替えたという事実だけである。/中原の詩が今日これほどまでに読まれるに到った素地には、歌曲となりラジオの普及とともに浸透した、という一因もあった。/長男を失った頃の「ゆきてかへらぬ」「一つのメルヘン」「言葉なき歌」「冬の長門峡」「月の光」などの傑作は、長男を失った時期に書かれた。/安原喜弘「中原中也の手紙」にもあたってみたい/「お母さん、ぼくは女に逃げられたところなんですよ」と中原がいったので、「そう、それはよかったじゃないか」と答え、乱雑な家の中を一日がかりで掃除したという。(母フクさんへの聞き取り)/著者に贈られた、「玩具の賦 昇平に」という詩にもあたってみたい/中原の詩作群を、私小説的な告白とする者、後期には宇宙の理を体現するところまで来ていたとする者、さまざまな見方があるとか。周囲の、後世のさまざまな評価、毀誉褒貶の向こうに、各自なりの中原中也像が結ばれているのだと思う。

レビュー投稿日
2015年12月6日
読了日
2016年1月3日
本棚登録日
2015年12月6日
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