サイゴンから来た妻と娘 (小学館文庫 こ 27-1)

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  • 小学館 (2013年8月2日発売)
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近藤紘一(1940~1986年)氏は、早大第一文学部仏文科卒のジャーナリスト、ノンフィクション作家、エッセイスト、小説家。
近藤氏は、大学卒業後、産経新聞に入社し、1964年に元駐仏日本大使の長女と結婚、1967~69年にフランスに留学(欧州移動特派員兼務)したが、1970年に夫人と死別。その後、1971~74年に支局長としてサイゴンに赴任し、1972年にベトナム人と再婚(当時13才の娘も引き取る)。帰任後の1975年に臨時特派員としてサイゴンに派遣され、南ベトナムの無条件降伏、サイゴン陥落を現地で経験。1978~83年にバンコク支局長、その後、国際報道部次長、編集委員を歴任するが、1986年に胃がんのため死去。(享年45)
サイゴン陥落を描いた『サイゴンのいちばん長い日』は、1975年の大宅壮一ノンフィクション賞の最終選考まで残り、次作となる本書で、1979年の同賞を受賞(同年の同時受賞は沢木耕太郎の『テロルの決算』)。本作品はNHKの連続ドラマにもなった。(私は当時10代半ばで残念ながら記憶にはない)
本書は、サイゴン駐在時に再婚したナウ夫人と娘のミーユンを東京に移住させ、共に暮らした3年ほどの間の日常を、ベトナムと日本のカルチャーの相違点(や共通点)という視点を中心に、綴ったものである。
内容(目次)は、サイゴンからの子連れ妻、ベトナム式子育て法、わが家の性教育、妻は食いしん坊、夫婦そろって動物好き、いくらしたかね?、ミーユンの思春期、ベトナム難民の涙、ベトナムからの手紙、であるが、『サイゴンのいちばん長い日』でも垣間見られた、近藤氏の洞察力とユーモアのセンスにさらに磨きがかかり、時に納得し、時に驚き、時に笑い、時にしんみりしながら、あっという間に読み終えてしまった。
そういう意味で、本作品はそれ自体を純粋に楽しむことができるのだが、近藤氏(もちろん、その作品も)をより深く理解するためには、最初の夫人との死別の経緯を知る必要があるだろう。近藤氏と付き合いの深かった編集者・新井信氏は、本書の解説でそれについて触れているのだが、外交官の娘として世界各地を転々として育った前夫人は、「文化的無国籍感」の重圧を抱え、近藤氏のフランス留学時に心身に不調をきたして、それが原因で亡くなったのだが、近藤氏は当時その不調に気付けなかったことへの罪の意識から逃れることができなかったのだ。近藤氏は、『パリへ行った妻と娘』(1985年)の中で「前の妻の死後、私は、過去のすべてを石の塊にして心の隅に封じ込めてしまうことにより、人生の継続をはかった」、そして、(人生の継続のために、ナウ夫人を)「利用した負い目を軽減し、蘇生させてくれたことへの借りを多少なりとも返すためには、可能な限り、彼女をしあわせにしてやる以外あるまい」と書いているのである。
そして、その近藤氏は、ナウ夫人とミーユンを残して、45歳の若さで世を去ってしまうのだ。
近藤氏の葬儀では、司馬遼太郎が弔辞を読み、その中には「君はすぐれた叡智のほかに、なみはずれて量の多い愛というものを、生まれつきのものとして持っておりました」というくだりがあったという。
前述の通り、本書は単独で十分に面白いものだが、同時に、近藤紘一をもっと知りたいと思わせる作品である。
(2022年10月了)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2022年10月10日
読了日 : 2022年10月10日
本棚登録日 : 2022年7月10日

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