縄文文化が日本人の未来を拓く

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著者 :
コナン.O.さん  未設定  読み終わった 

小林達雄氏(1937年~)は、縄文文化を専門とする考古学者で、國學院大学名誉教授。新潟県立歴史博物館名誉館長。
私は日本の人類史についての特段の専門知識は持たないが、縄文時代・文化に対する解釈は専門家の間でも見解が分かれているらしく、著者はそうした点も踏まえて自らの考えであることを断りつつも、強い自信と信念をもって筆を進めている。
著者は本書で、縄文時代の、集落、記念物(ストーンサークル等)、縄文火焔土器、土偶、大和言葉、狩猟採集生活などがどのようなもので、よって縄文文化が他の文化と如何に異なる特徴を持っていたのかについて様々な分析をしているが、一貫して強調しているのは、縄文時代がヨーロッパや中国大陸の新石器時代とほぼ同年代にありながら、大陸の新石器時代が「農耕」を伴っていたのに対し、縄文時代は1万年以上に亘り農耕ではなく「狩猟・採集」を行っていたという点で、更に以下のように展開している。
◆大陸の新石器時代では、農耕とともに定住するようになった人々は、自然と共生せずに自然を征服しようとしてきた。人工的に作られた集落(ムラ)の外側には人工的な機能を持つ耕作地(ノラ)があり、ムラの周りの自然は開墾すべき対象だった。一方、縄文時代では、人々は狩猟・漁労・採集(更に、土器の発明により煮炊きが可能となったこと)によって定住を果たし、自然と共存共生してきた。ムラの周りには自然(ハラ)を温存し、自然の秩序を保ちながら、自然の恵みをそのまま利用してきた。
◆人類の歴史で重要なことは、第一段階の遊動的生活から第二段階の定住的生活への変革であり、その基盤が農耕か狩猟・採集かで優劣はない。日本がその後弥生文化の農耕を受け入れることになるのは、遅れた縄文文化が進んだ弥生文化に移行したということではなく、二つの文化の対立の結果、何らかの歴史的事件があったと考えられる。
◆日本的観念、日本的姿勢とは、縄文文化に始まる「自然との共生」をベースとしており、「自然との対決」をベースとするヨーロッパ的、中国的観念・姿勢とは根本的に異なる。
◆大陸的な「自然との対決」の姿勢は、いずれ「自然の征服」となり、それが正しい人類の歴史であるとする西洋的な歴史観につながってきて、今や後戻りのできない深刻な局面を迎えている。今こそ縄文文化の発想から我々の生き方を照らし出していく必要がある。
著者の主張する「自然との共存」は、サステイナブルな社会を実現していくために不可欠の考え方として世界中でかなり浸透してきているものの、一方で、政治家や成功した実業家のような社会的影響力の大きい人々の中にも(だからこそ?)、経済成長の呪縛から逃れられない輩が少なくない。
我々には縄文文化の「自然との共存共生」が遺伝子として刷り込まれているのであり、それを呼び覚まして、そうした取り組みをリードしていかなければならないと強く思う。そして、それこそが「日本人の(更には、世界の人々の)未来を拓く」ことになるのだ。
(2019年1月了)

レビュー投稿日
2019年1月12日
読了日
2019年1月12日
本棚登録日
2018年8月10日
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