ホモ・デウス 上下合本版 テクノロジーとサピエンスの未来

  • 河出書房新社 (2018年9月6日発売)
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感想 : 40
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昔、友人にすべては01(ゼロイチ)で表現できると言われ、進路変更したことがある。でも、その後、転回することになる。現在の友人には、霊の話を聞かされているが、今の私には、その道に行くモチヴェーションもない。結局、科学主義が私の現状である。今、統計の勉強をしているのも、そのためだ。以前、『統計学が最強の学問である』というシリーズ本で、人工知能は人間には理解されないが、統計は人間に理解されやすいようになっている、という利点が書かれていた。

でも、サピエンス(人間)に理解されるかどうかがもっとも重要なことなのかと問われると、困ってしまう。自分がサピエンスであるから、その視点でしか物事を見えないような気がする。それが現状である。

知能と意識を区別していたところに感銘を受けた。確かに、人工知能は時代の申し子であるが、人工意識はあまり聞いたことがない。私は昔から、自己意識は必要ないという路線で生きてきた。意識もまたどこまで必要なのか不思議に思ってきた。本当のところを言うと、知能も必要ないのではないかとさえ思っているのだが、とにかく、万事が万事、うまく動けばいいという発想だった。それが、知能で動くのか、意識で動くのか、それはどうでもいい、そう考えてきた。しかし、結局、何かで動くと考えなければならない気もする。意識の価値を少しでも知りたい。

そういえば、チャーマーズの『意識する心』という本もあった。仮に、すべてをコピーすることができるとするならば、意識の価値はなくなってくる。なぜなら、全く同じ意識なら、もうここにあるのだから、さらにもう一つは必要ない。また、他のすべてはコピーされるけど、意識だけコピーされないのであれば、そして、まともに動くなら、意識なんか必要なかったということになる。

つまり、要約すれば、「意識は共有されず、知能ばかり共有される」:そこがポイントかも知れない。

霊を信じている友人は、きっと、意識も共有されると信じているだろう。テレパシーの話もよく話した。だが、どういう要件を満たせば、テレパシーが成功したと言えるだろう。

だがしかし、神を絶対視していた時代があったとすれば、これからの時代も変わりつつあるはずだし、価値をどこにおくかも変わってくるだろう。そのとき、何がいちばん大事なのかを深く心に刻んでおきたい。

その変化というのも、カタストロフィのようにやってくるのでなく、徐々にやってくるというのがこの本を読んでの読後感である。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 家の本
感想投稿日 : 2019年7月30日
読了日 : 2019年7月30日
本棚登録日 : 2019年6月21日

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