オスロ警察殺人捜査課特別班 アイム・トラベリング・アローン (ディスカヴァー文庫)

  • ディスカヴァー・トゥエンティワン (2019年3月28日発売)
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 しっかりしたキャラクター作りは、今や北欧ミステリーの一番のセールスポイントではないだろうか。特に長期シリーズを見据えた作品作りに取りかかる時、作り手である作家は、綿密な経歴書をキャラクター毎に作ることを余儀なくされるだろう。日本の出版事情の場合、新人作家がシリーズに取り組もうとすると、まずは一作目が好評で売れ行きが十分であることが確認されなければならないだろう。そうでなければ続編を作ることはまだリスキーと判断されるだろう。しかし、慎重派の日本出版時事情とは異なり、北欧ミステリは事前に何作で終了するシリーズと決めて出版社が版権契約をすることが珍しくないようだ。

 ユッシ・エーズラ・オールスンの『特捜部Q』シリーズは10作完結を最初からうたっている。本書もそうだが、警察の部署シリーズを書き始めようと思うと、まず主役に加え、脇役刑事たちの個性をも複数契約に耐えるだけの素材を、最初は粗削りとは言え、予めデザインして置かねばシリーズが持たないのだ。読者の厳しい審美眼に耐えるだけの魅力的で個性的な素材を。

 でも北欧ではそういった出版事情も、作家たちを後押ししているかに見える。でなければ、読むに値するエンターテインメント作品が、これほど頻出して世界に受け入れられている奇跡は考えにくい。

 ちなみに本シリーズは、書店では販売されていない。というのも本書はディスカヴァー・トゥエンティワンというネット販売専門の出版社による翻訳文庫として世に出されている。だからAmazonを初めとする通販からしか入手することができない。東版・日版など書籍卸経由で書店に流通する通常のルートを通さずに、ネット・ルートのみで読者に流通させる試みだから、書店での嗅ぎ分けに任せることの多いぼくのような書籍購入者は、こうした作品の存在に気づくのはどうしても遅れがちになる。ぼく自身、こうした新手の販路で傑作が出現する今回のようなリスクに備える必要性を、否応なく感じ取りつつあるそんな新時代が到来している、といったところだ。

 この書籍が我家に到着した時、思ったよりずっと厚手の文庫・720ページ超という手ごたえに、少し構えてしまったのが正直なところ。書店で買えない本は、表紙写真のみによる予測と、現物を手にした時の印象にもだいぶ差もあるのだな、といささか感慨を新たにする。あまり厚いので読書時間に関して少し警戒はしたのだが、実はこの作品は予想を遥かに凌駕するページターナーだったので、ほっとした。ともかく、最初からずっと途切れなく面白いのである。何故かというと、ここで最初に告げたキャラクター造形というところに戻るわけだ。

 シリーズキャラクターをしっかり作り出す作業は、おそらく作品売れ行きの成否を分ける。読者に与えられる新しい魅力的なキャラクターは、これから迎える特殊な事件とともに、過去の経歴、性格、素質、個性、外観などを魅力的に備えていなければならない。強さも弱さも、特質も、過去も、家族も。獲得してきたものも、喪失してきたものも。まず、この作品はその部分で成功している。作者が最も重心をかけているパーツであるようにも思う。

 そして、一作毎のゲスト・キャラクターの造形は、ある意味レギュラー陣以上に重要ではないだろうか。レギュラー・キャラクターより、はるかに範囲、国籍、人種、年齢を広げたところで生み出される多くのバリエーションに富んだゲスト・キャラクター。そして彼らの生と死(犯罪者も犠牲者もその範疇なのだから)までも含めて、これも特異で個性的で、興味を惹く存在で魅力的でなければならない。シリーズ・キャラクターよりも、むしろ作品で果たす役割は重要だと言える。

 本書でも、犯人像については容易にわからない。読者は、いくつものミスリードにかからないように、隘路を進まねばならないだろう。そしてそうした伏線、トラップは各所に仕掛けられている。本書もまた、お化け屋敷や遊園地のように、ダンジョンを楽しめる設定となっている。犯人像を読者は、捜査チームと一緒になって追いかける。ストーリーテリング。

 以上のことを楽しめる読者には、出来の良い小説になっていると思う。ミステリを構築する要素が、既存作の模倣に満ちているとの否定的なレビューが散見されている。確かに。狙われる子供たち、殺人、監禁、奇妙な事件現場、奇妙な死体、挑戦的なメッセージ、科学捜査、IT捜査。どれも使い古されたものかもしれない。だが、優れているのはストーリーテリング。ネットを探ると、同じノルウェイ作家ジョー・ネスポからのエールが寄せられている。どちらも作家でミュージシャン。リズム感と演奏能力を兼ね備えた作家で、どちらもテンポ良い作品を作るのに長けている。

 日本ではあまり考えられない種類の新種の作家たち。メディアを超えて表現しようとしている新しい世代の作家がまた一人登場した。毎作ノルウェーの書店賞候補作になっている。情報がまだ少ない時期である。評価が大きく割れている。

 さて、ぼくの評価だ。エンターテインメント性は抜群。少し粗っぽい。キャラクターは期待できる。次作? 無論、読みたい。否、既に読み始めている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 警察小説
感想投稿日 : 2019年4月20日
読了日 : 2019年4月19日
本棚登録日 : 2019年4月20日

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