パンツが見える。: 羞恥心の現代史 (新潮文庫)

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cronistaさん  未設定  未設定

ねえねえ、おかむら~、ワカメちゃんはパンツを見せても恥ずかしがらないのに、どうして、しずかちゃんは恥ずかしがるの? ねえ、なんで?


 わかめちゃんがはいているのはズロースで、しずかちゃんはパンツだから~

 ボーッと生きている方々に、以下は本書のざっくり解説。

 和装の女性が下着を穿くきっかけとなったとされる有名な惨事が白木屋の火災。テレビなどでもたびたび紹介されるこの事例、実は一部が間違って流布されている。

 亡くなられた方のほとんどが火の手から逃げ遅れたことにより、高層階から飛び降り。ロープにつかまって脱出、または救出されている女性が、着物の裾がめくりあがったことにより、羞恥心から思わず手を放してしまって亡くなった、なんて事例は1件もない。

 事実と反し、なぜそんな説が広まったかと言うと、新聞の求めに応じた白木屋の専務が、2、3階まで避難してきた女性が、そこから地上に降りるためにロープにつかまって降下している最中に、地上の野次馬の視線を気になって、片手で裾を押さえた落下し、けがをした事例がある、というような趣旨の発言をしたから。けがであって、死んだわけではない。その辺がごっちゃになって報道されてしまった。
 2階から飛び降りるくらいなら骨折はするかもしれないけど、死にはしない。命の危険が薄らいだ時点で、羞恥心がもたげてきたのではないだろうか。本当に生きるか死ぬかの瀬戸際で、命と羞恥心を秤にかける馬鹿はいない。

 
 その後、時代が洋装へと変わっていくにつれて確かに下着をはく習慣は徐々に浸透していった。
 最初期の女性用下着は素材が悪く、窮屈で、はき心地のきわめて悪い物だった。なぜか貞操帯としての役割も期待されパンツ(このときはズロース)をはくことを推奨する啓蒙もひろまっていく。

 しかし、なにぶんにも素材が悪い、ゴワゴワする。気持ち悪いからはきたくない。そんな女性も多かった。寅さんの名セリフ、粋な姉ちゃん立ち小便はあの時代(寅さんの子ども時代)は実際によくみられたことであったとのこと。公衆便所が男女一緒だった時期もあるらしい。 

 淡谷のり子は言わずと知れたブルースの女王。ブルースなんて言葉を知らない田舎者ばっかりだった日本では「ズロース」の女王と勘違いされた。
 パンツ普及には長い時間がかかった。

 冒頭のチコちゃんの質問(いけねっ!チコちゃんって言っちゃった)なぜワカメちゃんはパンツを見せても恥ずかしくないのか。それは、わたしはパンツをはいています、貞操観念のしっかりしたこどもです。パンツをはかないふしだらな大人の女と一緒にしないでください!という主張があるから。それがワカメちゃんの”見せパン”なのだ。

 時は流れて1950年代から60年代になると、素材の改良、小型化、デザインの洗練の時代がくる。ズロースからパンティへ、貞操帯からセクシャリティなものへと役割がシフトする。進駐軍やハリウッド映画などのアメリカ文化の流入がひとつの契機となった。マリリン・モンローが地下鉄の排気口の上で盛大にスカートをめくりあげるのが55年。日本の猛烈丸善ガソリンの広告が69年。この頃から、パンツは見られてはいけないもの、見られたら恥ずかしいもの、との意識が徐々に広まっていったらしい。ドラえもんは70年代初め。しずかちゃんもこの流れの延長にある。
 
 
 のび太君がデレデレして見ているのは、しずかちゃんのパンツではない。しずかちゃんなのだ。

 
 この本、男性が読むより、たぶん女性が読んだほうが面白く感じると思う。

レビュー投稿日
2020年10月10日
本棚登録日
2018年10月16日
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