イエスの生涯 (新潮文庫)

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レビュー : 141
著者 :
こめさん  未設定  読み終わった 

初めて読んだ遠藤周作の著作はこれで、十代の頃感銘をうけた本のひとつ。
感情も、宗教に対する考え方も、ぐらんぐらんに揺さぶられた。
私は多くの日本人が決して無宗教というのではないと考えるほうだ。それゆえに一神教に云う信仰を抱いているとは決していえないとも。
遠藤周作はそんな日本人のためにイエスに着物を着せる試みを続けたひとだ。

大人になったいまも信仰については実感としてよくわからない。実感としてわかる日なんておそらく来ないし、その必要はないだろうとも思う。そのくらい経験と文化の壁は厚い。けれど当時わからぬなりに本作を読んで、ひとつだけ身近なものにその類似形を知っていると思った。物語だ。物語と信仰は、救済の構造の一面でよく似ている。
氏の言にもあったが、人のいちばんの苦しみは自らの懸命さが誰にも見られていないということだ。イエスは常に信仰者を見守る。徹底的に無力で、虐げられ、過酷な生のなかでも愛を失わない存在として、その生を最期まで見届けた者の内心に転生し、信仰というかたちをとることでひたすらに自身を信じる者の人生を見守り続ける。
翻って物語のなかでは、誰の目もない孤独のさなかで意味の無さに苦悶しながら死ぬ者も、必ず読者に見られている。物語と読者の関係は時に自己投影や共感によってその立場を反転させながら、信仰と似た構造を維持している。映画も漫画も小説も、そして聖書も。
信仰の高邁は永続的な問いを超克しながら連続される点にこそあると思われるし、一般的な物語の効果までを同じ土俵で語るのはあまりにインスタントでナンセンスだ。
けれどこの部分的類似の根元、物語のつまらないや面白いや、信仰の有無や相違をもっともっと遡ったさきには、大昔から脈々と同じ祈りが流れているんじゃないかと思う。生を全うしようとする生きものの、かほそいそれがいく筋も集った奔流。遠藤周作はごく自然に私の手を引いて、その奔流に浸からせる。そうしてから振り返って見るイエスというひとは、だからいつのまにか私に親しい。

レビュー投稿日
2018年9月3日
読了日
2018年9月2日
本棚登録日
2018年9月2日
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