海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

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著者 :
だいきさん  未設定  読み終わった 

規則正しい生活シリーズ→p88, 112-114, 122-123, 274-275, 279, 283-284, 285, 286, 287, 320
・僕が村上春樹を好きなのは、まさにこの規則正しい生活が詳細に描かれた文章があってこそだと思う。
彼自身毎日ランニングをしているし。そこ秩序立ったものは文章からも伺える。
毎日が理想のサイクルで規則正しく回ってる時に感じる、すとんと腑に落ちる感じ、流れるような心地よさは至上のものだ。そして、それ故に1つ1つの動作を詳細に捉えられるし、それが文章になった時、読み手にその場面を正確にイメージさせることができるのだろう。

でも人間は何かに自分を付着させて生きていくものだよ。
そうしないわけにはいかないんだ。君だって知らず知らずのうちにそうしているはずだ。ゲーテが言っているように、世界の万物はメタファーだ。p222
・大切な考え。ゲーテは知らないけれど。

ある種の不完全さを持った作品は、不完全であるが故に“ある種の”人間の心を強く引きつける。
君はその作品を見つける。別の言いかたをすれば、その作品は君を見つける。
僕が運転をしながらよくシューベルトを聴くのはそのためだ。何らかの意味で不完全な演奏だからだ。質の良い稠密な不完全さは人の意識を刺激し、注意力を喚起してくれる。これしかないというような完璧な音楽と完璧な演奏を聴きながら運転をしたら、目を閉じてそのまま死んでしまいたくなるかも知れない。でも僕はニ長調のソナタに耳を傾け、そこに人の営みの限界を聞きとることになる。ある種の完全さは、不完全さの限りない集積によってしか具現できないのだと知ることになる。それは僕を励ましてくれる。
シューベルトは訓練によって理解できる音楽なんだ。僕だって最初に聴いたときは退屈だった。でも今にきっとわかるようになる。この世界において、退屈でないものには人はすぐに飽きるし、飽きないものはだいたいにおいて退屈なものだ。そういうものなんだ。僕の人生には退屈する余裕はあっても、飽きているような余裕はない。“たいていの人”はそのふたつを区別する事ができない。p232-235
・こういう教養と考察がうまく噛み合って自分ごとに落とし込んで話せるのはカッコいいなぁ。魅力的だ。

しばらく進んだところに、丸いかたちにひらけた場所がある。背の高い樹木にかこまれて、それはまるで大きな井戸の底のようだ。開かれた枝のあいだから太陽の光がまっすぐ降って、スポットライトとなって足もとを明るく照らしだしている。それは僕には何かとくべつな場所のように感じられる。僕はその光の中に腰をおろし、太陽のささやかな温かみを受けとる。ポケットからチョコバーを出してかじり、口の中にひろがる甘みを楽しむ。太陽の光が人間にとってどれくらい大切なものなのかをあらためて僕は知る。その貴重な1秒1秒を全身で味わう。p288
・チョコバーの口に広がる甘みを楽しむ。なんて日々の動作を詳細に切り取って味わうってことの素晴らしさをよく表している。

昼過ぎに暗雲が突然頭上を覆う。空気が神秘的な色に染められていく。間を置かず激しい雨が降りだし、小屋の屋根や窓ガラスが痛々しい悲鳴をあげる。僕はすぐに服を脱いで裸になり、その雨降りの中に出ていく。石鹸で髪を洗い、身体を洗う。素晴らしい気分だ。僕は大声で意味のないことを叫んでみる。大きな硬い雨粒が小石のように全身を打つ。そのきびきびした痛みは宗教的な儀式のようだ。それは僕の頬を打ち、瞼を打ち、胸を打ち、腹を打ち、ペニスを打ち、睾丸を打ち、背中を打ち、足を打ち、尻を打つ。目を開けていることもできない。その痛みにはまちがいなく親密なものが含まれている。この世界にあって、自分がかぎりなく公平に扱われているように感じる。僕はそのことを嬉しく思う。自分が突然解放されたように感じる。僕は空に向かって両手を広げ、口を大きく開け、流れ込んでくる水を飲む。p289
・日々の小さな喜びを、ここまで鮮明にイメージさせてくれる。福岡堰思い出す。

ヘッドフォンをはずすと沈黙が聞こえる。沈黙は耳に聞こえるものなんだ。僕はそのことを知る。p291
・いい言葉。

これから僕らは都会に戻る。
自然の中でひとりぼっちで暮らすのは確かに素晴らしいことだけれど、そこでずっと生活しつづけるのは簡単じゃない。
理論的にはできなくはないし、実際にそうする人もいる。しかし自然というのは、ある意味では不自然なものだ。安らぎというのは、ある意味では威嚇的なものだ。その背反性を上手に受け入れるにはそれなりの準備と経験が必要なんだ。だから僕らはとりあえず街に戻る。社会と人々の営みの中に戻っていく。p324
・背反性を受け入れるにはそれなりの準備と経験が必要なんだな。

経験的なことを言うなら、人が何かを強く求めるとき、それはまずやってこない。人が何かを懸命に避けようとするとき、それは向こうから自然にやってくる。もちろんこれは一般論に過ぎないわけだけれどもね。p325
・うん。こういう考えをしっかり言語化して心に留めておきたい。

…それが物語というもの成り立ちだ。大きな転換、意外な展開。幸福は1種類しかないが、不幸はそれぞれに千差万別だ。トルストイが指摘している通りにね。幸福とは寓話であり、不幸とは物語である。p334
・成功はまぐれもあるけれど、失敗はあるある。みたいなものだね。不幸ほど共感を呼ぶものはない。

田村カフカくん、僕らの人生にはもう後戻りができないと言うポイントがある。それからケースとしてはずっと少ないけれど、もうこれから先には進めないと言うポイントがある。そう言うポイントが来たら、良いことであれ悪いことであれ、僕らはただ黙ってそれを受け入れるしかない。僕らはそんな風に生きているんだ。p343
・神話的考え方だな。オイディプス王の話をしてたのもあるだろうけど。

レビュー投稿日
2019年10月1日
読了日
2019年10月25日
本棚登録日
2019年9月21日
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