2020年の本作執筆時点から「四半世紀前」となる1995年を振り返っている。作中の出来事は、大半が1995年に起こっている事ということになる。
本作の中心視点人物、主人公は雑誌等の各種媒体に記事を寄稿するフリーライター、フリー雑誌記者を生業としている男、古毛冴樹(こもさえき)である。本作は一貫してこの古毛の目線で綴られている。
物語は2020年9月の或る日、古毛が取材活動をしている場面から起こる。
古毛は所謂「JKビジネス」に関する取材をしていた。取材をしていて思い出したのは、25年前の1月「神戸へ向かうのだ…」という想いを胸に、当時の取材活動で高校生に会ったという日だった。
1995年1月17日の早朝に阪神大震災が発生した。早朝の事態で連絡を受けて、普段は余りしなかった早起きをした。
直ぐにも神戸へ向かおうとも考えた古毛であったが、当時の主な仕事場であった大手出版社の月刊誌編集部で相談した結果、同じ出版社の週刊誌の関係者と3人で翌朝一番に出発するということになった。そして事前にその日の予定ということにしていた活動の一環で高校生に会っていたのだった。
やがて古毛は神戸に乗込んだ。「月刊誌ならでは」という視点の記事を綴るべく活動に勤しんだ。そうした中、夕刻に未だ燃えている住宅も視える場所に佇めば、同じ様子をじっと眺めている若い女性が居たことに気付いた。女性の様子を視ていると、名状し悪いような、決然としたモノを奥に秘めたような強い目線が強い印象を与えた。アフガニスタンの戦場で、決然と戦いの渦に飛び込もうとしていた少年が見せた目線というようなモノを古毛は想起した。
そんな出来事を経て、古毛は或る事件を偶々知る。古毛自身が佇んで視ていた住宅街で発見された男性の遺体の中に、建物の倒壊で受けたダメージや火災によるダメージが死因ではなく、刃物で刺されていたらしいモノが在ったというのだ。震災後の対応で警察は非常に繁忙ではあったのだが、それでも捜査員達がこの件を調べていることも判った。
古毛はこの事件に興味を抱いた。そして殺害されてしまったらしい男性は「評判が悪い男」で、嘗ては高利貸しであったが、何時の間にか借金が嵩んでしまっていて、他方で働いて収入を得ているでもなく、妻には暴力を振るうような人物であったという。妻は何時の間にか出て行ってしまい、娘は高校を中退して風俗営業で働いていたという。更に、その所在が不明になってしまった娘というのが、古毛が見掛けて強い印象を受けた若い女性であるらしいのだ。
こんな出来事が在ったが、1995年は「驚くような出来事」が続発した。かの「オウム真理教」の問題も在った。古毛は記者活動を展開し続けるのだが、そういう中で神戸での強い印象を受けた出会いの件はどうなって行くのか?
という物語だ…
作者は「フリーの雑誌記者」というような仕事を経験されているらしく、加えて1995年頃はそういう活動の中に在ったようだ。そうした中での御自身の見聞や経験、周辺から聞き及んだこと等が本作には非常に多く反映されているのだと思う。「雑誌の取材の現場」というディーテールが丹念に重ねられる中で、作中の世界がリアリティーを帯びて構築されている。読んでいると「1995年の世界」に引き込まれて行く、連れ戻されるというような気もしてしまう。
震災、オウム、沖縄の米兵による犯罪、大蔵省の接待問題等々と色々と驚くことが続発していた1995年だった。「戦後50年」という中、「50年が何だった?」と社会が揺れていたかもしれない。そして年の終盤には<ウィンドウズ95>が登場してもいる。
本作は「雑誌記者が取材中に見掛けた人物に纏わる事件」という“ミステリー”を軸としながらも、「揺れた“戦後50年”」を、「その時点から四半世紀」という中で振り返るかのような、「単純にミステリーを紐解く」では足りない「迫るモノ」が在る作品であると思った。
先日、偶々少し若い人と言葉を交わしたが、思えばこの「阪神大震災」の頃やそれ以降に生まれた人達が既に20歳代半ばに差し掛かって、社会の中で活躍している。自身は「阪神大震災」の頃、テレビニュースを視ながら窓の外を視て、雪が降り頻っていた様子に気付き「冬に災害で建物から閉め出されるようなことになれば?大変だ…」と何となく思っていたことを漠然と憶えている。
「揺れた“戦後50年”」であった1995年は、或いは「様々な問題意識や変化」が顕在化し始めたような頃でもあったということに、本作を読んで強く思い至った。或いは本作は「幅広い世代に薦められる」という、なかなかの力作だと思う。
- 感想投稿日 : 2021年4月16日
- 読了日 : 2021年4月16日
- 本棚登録日 : 2021年4月16日
みんなの感想をみる