鎬藤四郎について、
(三三)で将軍・秀忠への献上を勧められた際は断固として拒否し、(三七)で嗣君・忠宗に譲り、決して家から出してはならぬと伝えていたにも関わらず、政宗の死後(八七)で特筆するエピソードもなく徳川家光に鎬藤四郎を形見として献じている。
想像しづらいが、政宗の遺言でok出したのか。
それとも、戦国の終わりを生き、豊臣・徳川と付き合いのあった政宗亡きあと、子の代では将軍家からの要望を断りきれなかったのか。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
△_研究書
- 感想投稿日 : 2020年8月25日
- 読了日 : 2020年8月25日
- 本棚登録日 : 2020年8月6日
みんなの感想をみる