模倣犯(五) (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2005年12月22日発売)
4.02
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感想 : 548
5

全巻通しての評価。次の日朝早いのに徹夜してしまった。そのくらい面白い。これだから読書はやめられない。
聡明な義男だけでなく、みんな少しずつ網川の破綻に気付いていく。子供はその場しのぎの嘘をつく。だから大人が見ると筋が通っていないことが分かる。見下している印刷所の職人にすら見破られる。浮かれ、侮り、足元がすでに危ういことには全く気づかない。自分を天才だと思い込む凡人の末路。
前畑夫妻の結末が癒し。世話焼きで優しい妻がほしかった。だけど、愛しているのは滋子なんだなぁ。
あれほど冷静で深い洞察力を持った義男の慟哭に胸が詰まった。そのことから目を逸らすために冷静に事件を見つめていたのかもしれない。鞠子は帰ってこないけれども、その時抱きしめてくれる人がいたことを覚えていてほしい。それができるようになった真一の成長が嬉しくもある。

「みんな忘れるよ。あんたのことなんか、みんな忘れちまう」と義男は言う。本人だけが忘れられない。どうして「大衆」が忘れていくのか分からない。これは社会の本質だと思う。座間市の事件も、相模原市の事件も、時と共に薄れる。ネットで自殺をほのめかす若者の不安定さや、優生思想への警鐘はきっといつまでも残るだろう。自分にも関係があるから。死にたくなることも、誰かを「生きる価値がない」と思うことも、誰かに思われることもある。でも犯人のことは忘れていく。網川はこれが分からない。今これらの事件の犯人が手記を出したとして、当時のように大衆はこの話題一色に染まるだろうか?元少年A(中年A?)の手記の時もそうだった。無神経さに憤って批判したけれど、実のところ「呆れ」が最も多かったのではないか。まだ言ってるよあいつ。もうお前自身はどうでもいいんだよ。誰も興味ないんだよ。
事件は風化する。遺族にとってこれほど残酷なこともないのだと思う。けれど、犯人にとってもこの上ない罰なのではないか。捕まってからの網川の足掻きを恐れていた気持ちが、この発言で一気になくなった。

唯一気に入らない点は、解説が大衆という幻を打ち砕けるのは家族の絆だけだとしたこと。義男と真一は擬似家族ではなく同志だったのでは?小さい時に慰めてくれた親じゃない、同志の腕だから抱きしめられて安心したんじゃなかったか。真一を助けたいと思う久美も、木田も、足立好子を慮る増本も家族じゃない。理解した気になる網川や解説として理解する滋子とは違って、理解しようとして、それが出来なくても寄り添う人達だから乗り越えられた。それは別に家族でなくてもいい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ミステリー
感想投稿日 : 2020年10月15日
読了日 : 2020年10月15日
本棚登録日 : 2020年10月15日

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