私家版・ユダヤ文化論 (文春新書)

著者 :
  • 文藝春秋 (2006年7月20日発売)
3.86
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私が最近、自分の中で消化しようとしているキーワード「責任」「(ひとつの)原因」ということがわかりやすく書かれていた面もあったが、その何倍もわからないことを畳みかけられてさらに消化不良になった気もする。

わからないことがあるのは素晴らしい、と考えることにする。

●要するにこういう本
内田樹が思うユダヤ人がユダヤ人たるゆえんを歴史をなぞりながら確認する本

●気になったところ
・夫に勧められて読んだが、「まえがきからしてしびれる」と聞いていた。ユダヤ人がなぜ迫害されるのかを考える際、「ユダヤ人が迫害されたのには理由がある」と主張することは、政治的に正しくない。かといって、その思考を放棄すると「人間はときに愚鈍で邪悪になる」という結論しか見いだせなくなり、そこから何も進まない。ユダヤ人を師と仰ぐ著者は「ユダヤ人が迫害されるには理由がある、と信じる人が生まれるには理由がある」という問いにすり替えてこの問題を解こうというのだ。さぞかし長い前書きかと思ったら、ほんの3ページだった。問いを変えることにより、「ユダヤ人が迫害されるのには理由がある」という事実を認めないままに、思考を止めずに考え続けることができるということだ。

・ユダヤ人は「ユダヤ人を否定しようとするもの」に媒介されて存在し続けた、という記述(P.36)。私は、ユダヤ人がこんなにも定義しづらいものだとは知らなかった。しかし「ユダヤ人を否定しようとする」ものがいる限り、ユダヤ人を定義しなくてはならないということはわかる。「私たちはユダヤ人を語るときに必ずそれと反らずに自分自身を語ってしまうのである」と傍点を付けられて書かれていた。それは後のほうにも出てくる。

・「一つの結果には必ず一つの原因があるという命題は正しくない(p.100)」ということは、言われればそうだとわかるが、言われるまでそう思えない自分がいた。これは夫にも指摘されていたがようやく腑に落ちた感がある。「満たされたコップに1滴を落としてコップがあふれたとき、最後の1滴がただ一つの原因だ」とは誰も思わない、と例示されていた。その通りだ。私たちは時に「自分がこんな風になったのは親がこうだから」なんて思ってしまったりする。実際、「毒親」などという言葉によってそれが行われたりする。でも、そんなことはない。だが、「1つの結果に1つの原因がある」という考え方が、ユダヤ人を悪者にした。著書には「陰謀史観」という言葉で書かれていたが、この後に、あらゆることが知性の高いユダヤ人によって仕組まれたものだという主張がまかり通る時代のことが書かれる。この本で私が手に入れるべきは、「一つの結果には複数の原因がある」を直観的にわかることだった。ユダヤ人のことが書かれているこの本は、生き方や考え方を教えてくれる。

・反ユダヤ主義を掲げる人には「いいやつ」が多かった、という(P.105)。それは著者が反ユダヤ主義を語る本を読むにつれ、そう感じざるを得ない場面に多く出くわしたというのだ(P.154)。そんなことを掲げるやつは悪党に違いないと勝手なイメージを持ってしまうが、そうではない。人望があって、頭がよくて、人のためを思う人が、反ユダヤ主義という考え方に染まってしまう。これも考えてみると意外ではないが、直観的にはそう思えないことの一つ。悪いことをするやつだからといって、性根の悪いやつというわけではないのだ。つまりどんなに賢い人でもハマりうる罠だと思っていいのだろう。

・ダーウィンは、自分の理論に合致しない事実を必ずノートに記していた、という(p.110)。さすが賢い人はやることが違う、と感じた。人は、自分の理論に合致しないものをよけて法則を作ってしまいがちだ。「仕事ができる人は漏れなくレスが早い」みたいなことを言う人を私は信じないのだが、そういう人は本気で思っているのだろう。レスが遅くて仕事できる人の例を勝手に記憶から除外しているのだろう。

・ドリュモンという人の反ユダヤ主義を書いた『ユダヤ的フランス』という著書が売れたのは、古き良き時代はよかった、とする「懐古趣味」にあった、と説いている(P.122)。自分的にはあまり好まないかもしれないが「あの頃はよかった」とする手法は何かをヒットさせるときによいのかもしれない、とメモメモ。さらに、『ユダヤ的フランス』はすべてをユダヤ人の策略だとする「すべてを説明する物語」で、それを求めていた人(モレス侯爵)にドンピシャにハマったのだそうだ(P.134)。モレスは事業を大きくしたのちに失敗した。そういう挫折にひとつの原因が与えられたら、さぞかしカタルシスを感じるし、その説に身をゆだねたくなるだろうと思った。何かのせいにするのは危険だ。心を改めたい。

・「話のつじつまが合いすぎる」のは、読者にとっての印象が薄い、と書かれていた。輪郭が滑らかだと記憶に留まらない、と。だから、ユダヤ人についてわけの分からないことを書きたかった、というのだ(P.160)。読んでいるときには気づかなかったが、ここにこう書いてみて、前述の「すべてを説明する物語」はあまりにつじつまが合う話ではなかったか、と思ったのだがどうだろう。それが熱狂的に人に受け入れられたのだ。そこには矛盾があるような気がする。とはいえ、つじつまが合わないことが記憶に残る、ということも大いにありうる。私は自分の中でまだ決着がついていないことがらをよく文章にするが、それはやはり後で読み返しても生々しさを感じる。決着がついた「つるり」とした論説は、自分で読みなおしても手触り感がない。自分の文章を書く時には、つじつまのあわないこと、まだ考えに決着がついていないことを書くように心がけてみようかと思った。

・著者が「決して忘れることの種類のことば」と称していたものの羅列をメモ(P.160 )。「世界と君との戦いにおいては、世界を支援せよ」「私が語っているとき、私の中で語っているのは他者である」「私たちは欲するものを他人に与えることでしか手に入れることができない」という言葉が紹介されていたのでググろうと思ったのだった。

・「そこに存在しない社会集団に対する幻想的な同一化と恐怖」が政治的に活発化することはありうる。それは日本の歴史を見ても明らかだという(p.168)。アメリカを中心とした陰謀論はこういうことなのかもしれないと思った。

・トーブというユダヤ人が、21世紀中ごろの北米における反ユダヤ主義の激化を予測しているという記述があった(p.170)。トランプを中心に発生している陰謀論がその火種になるのだろうか……と恐怖心が止まらない。

・ユダヤ人がイノベーターであることについて、「継承されてきたある種の思考の型」があるのだろうという(P.175)。それは、「自分が現在用いている判断枠組みそのものを懐疑する力と『私はついに私でしかない』という自己繋縛(けいばく)性を不快に感じる感受性」だと書かれている(p.178)。何のことやら……という感じだ。p.180で、すこしだけ別の言葉に言い換えている「自分が判断するときに依拠している判断枠組みそのものを懐疑すること、自分が常に自己同一的に自分であるという自同律に不快を感知すること」。前者はわかるが後者は難しい。これがなぜイノベーティブにつながるかというと、ユダヤ人にとっての普通を、非ユダヤ人は「イノベーティブ」とみなしているからだ、という(p.179)。この理屈は理解できるが、それだけでは説明がついていないような気がした。私が何とかイメージした解釈としては、ユダヤ人として生まれた人が、自分の血筋が何の根拠なく迫害されてきたという事実を知ったとき、そこに何度も「なぜ」を投げかけるだろうことは容易に想像できる。さらに、そこには明確な答えがないわけだ。そういうさだめを持って生まれてくること自体が、ユダヤ人的思想を作り上げているということなのだろうか。

・ユダヤ人は、非ユダヤ人よりも世界の不幸を多く受けなくてはならなくて、神はそのためにユダヤ人を選んだ、という(p.187)。さらにユダヤ人は、時間の捉え方が逆なのだという。人は罪を犯したから有責なのではなく、罪を犯す前から有責である、という(p.218)。この辺りどんどん難しくなっていくが面白さも同時に止まらない。さらに、ユダヤ人は「遅れて到来した」と書く(p.224)。このあたりもまたわからない。わからないままにどんどん進み、「神はなぜ悪しきものを罰さないのか」というのは幼児の問いだとバッサリと書く(p.225)。「すべての責任を一身に引き受けるような人間の全き成熟を求める」というのが、著者が師と仰ぐレヴィナスの主張だという(p.228)。責任をそこまで大きくとらえるのがユダヤ人の本質なのだとしたら、それは非ユダヤ人には到底かなわないものなのかもしれない。

・もうひとつ「私たちは愛する人間に対しさらに強い愛を感じたいと望むときに無意識の殺意との葛藤を要請する」と書かれていたのが印象的だった(p.211)。葛藤があるほうが、葛藤のない時よりも欲望が亢進するからだそうだ。恋愛において、ハードルがあるほうが燃え上がるというのはロミオとジュリエットに見て取れる。不倫もそうだろう。もっと愛したいと渇望するとき、自分の中に殺意を生み出してしまうのだそうだ。これがなぜユダヤ人との話に関係するかというと、反ユダヤ主義者はあまりに強くユダヤ人を欲望していた、なのだそうだ(p.212)。このあたりもまあ、よく理解できない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年7月12日
読了日 : 2021年7月12日
本棚登録日 : 2021年7月12日

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