騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

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本棚登録 : 4164
レビュー : 509
著者 :
etsu*さん 単行本   読み終わった 

村上春樹氏の作品が大好きで全て網羅している。
今作品は、一人称回帰。
村上春樹氏の一人称と言えば「僕」だけど、初めて「私」という一人称。
それだけをとっても、時は着実に流れており、村上春樹氏は70歳になり、私は42歳になり、お互いに生きて成長しているのだという実感が湧いた。

10代、20代はリアルタイムで「僕」で読めたこと、40代になった今「私」で読めること。
今の私には「僕」より「私」のほうがしっくりくる。
出版順とともに成長するように、リアルタイムで読めることが本当に嬉しい。
年齢は違えど、同じ時代を生きて、同じ母国語で訳を介さず村上作品を読めることは、私の人生にとって、とても貴重である。(「顕れる」「遷る」など漢字に意味を持つ日本語で読めること)

年齢を重ねたからなのか、今作品は独特の言い回しやクセのようなものが、削ぎ落とされた気がする。
私も歳を取ったからなのか、以前のように、心打たれるような文章や、書き留めておきたいような文言は見当たらない。
でも、文章を読んでいるだけで、一瞬でどこか別の場所に連れてってくれる特別な力を持つのは変わらない。
文章がメロディーになり映像になる。

村上作品に共通して言えるのは、人間の形成に大きく影響するであろう幼少の家庭環境や実の両親の存在がほとんど登場しないことであった。
だから、ある意味自分の忘れたいリアルな現実から遠ざかり、安心して読めた。
今回は、生き別れた妹が出てきたことに少しびっくりした。

そして今までは、あらすじのない物語で、地図もなく、どこに辿り着いてしまうのかわからないまま進んでいく、まるで夢の中のようなストーリーだったけれど、今回はあらかじめ設定されているようなストーリーの枠みたいなものが感じられて、それも新鮮だった。

そもそも、村上作品に映画やドラマのようなストーリー的起承転結を求めていない。
どちらかというと音楽を聴くのに似ている。
村上春樹氏の描く文章によって、一時的に現実から離れ、彩のある鮮明な夢を見させてくれる。
他の作家の小説は、何かしらのストーリーが始まり終わる。読者の私は夢中になったり感動したとしても、ただ通り過ぎるだけで、いつしか内容も結末も忘れてしまう。
村上作品は、私に吸収されて含まれていく。まるで実際に体感したかのように。
今までたくさんの作品を読んできたけれど、ありありと「心の情景(自分だけの映像)」として記憶が残っているのは、村上作品だけである。

ある物事や感情を音楽として残したり、絵画として残したり、文章として残したり、「人に伝えること」は、誰にでも成せることではない。
才能を持った限られた人にしかできない技。
今回、いつもの風景描写や時間描写だけでなく、絵画描写を文章として残したり、性的描写もいかに文章だけで生々しく映像化し正確に真髄を伝えられるかに力を注いでて、ただただすごいなと。
誰にでも成せる技ではない。

冒頭の舞台は「グレート・キャッツビー」、リアルと非現実の感覚的な感じが「不思議の国のアリス」を想起させられた。

物語とは直接関係ないが、平成最後の夜に第一部が読み終わり、令和初日に第二部が始まるという、村上春樹氏で時代を跨いだことが、私的に妙に気持ちよかった。
私にとって村上春樹氏と共に同じ時代を生きていることは、とても重要なことである。
(第二部に続く)

レビュー投稿日
2019年5月27日
読了日
2019年5月27日
本棚登録日
2017年11月28日
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