第一部の、いろはかるたから、江戸の庶民と上方(京都)の思想のあり方(生活感の有無)を比較検討するという試みは興味深く読みました。
例えば「ほ」について(P.31~)。
骨折り損のくたびれ儲け
苦労ばかりして儲けにならず、ああ損をした、という嘆きである。しかもそのことを損と儲けと並べていうのがおかしい。損害=骨折り、利益=くたびれのように。…ことわざはいう。「くたびれ」という儲けがある、と。…一心に力を尽くして努力したことは貴重な経験となって、次のチャレンジに役立つだろう。…一方、「ほ」の上方かるたは「仏の顔も三度」だ。人の情けにすがるにも程があるという話だから、こちらには甘えがある。頼るべきものがいるとはさすが上方と、皮肉られる面もあるのではないか。
また、「う」についての「嘘から出たまこと」では、そもそも「うそ」とは「あそ」と同じでぼんやりとした、漠然としたことをあらわすことであるとわかる。
ここでいう「うそ」とは、真実の周辺にあるぼんやりとしたもののことをさし、「虚偽」の内容を示す言葉ではない、という筆者の主張には感じるものがあります。
さらに、第二部の江戸時代の思想家についての部分では山本常朝の『葉隠』に言及して武士道についてのべられている部分もあり、「死ぬこととみつけたり」の解釈をしっかりと述べられていることも好印象でした。
しかし、第一部では全体的に「江戸」が生活の知恵にあふれていて「良い」ものであり、「上方」は格好にこだわり実体験を伴わない、上っ面なものであるという終始一貫した、ある種感情的な批判が目につき、もう少し客観的な視点からより詳細に分析して頂けた方がより面白く読めたかと思います。
第二部の各思想家についての評伝は、どうして本書に入れられたのか、いまいち分かりかねる部分です。
取り扱う人が多すぎて、一人ひとりの内容が少なくなってしまったのも不完全な感じがします。
- 感想投稿日 : 2017年3月23日
- 読了日 : 2017年3月22日
- 本棚登録日 : 2017年2月21日
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