トポロジカル物質とは何か 最新・物質科学入門 (ブルーバックス)

著者 :
  • 講談社 (2021年1月21日発売)
4.19
  • (16)
  • (7)
  • (6)
  • (2)
  • (0)
本棚登録 : 188
感想 : 19
5

 年の瀬も押し迫るこの時期に今年最高レベルの刺激に出会えた。あまりに面白くて一気読み。歯応えたっぷりの最新学術知識をわかりやすく解説する、まさにブルーバックスの面目躍如と言える一冊だ。「表面物理学」なるサブジャンルが存在するとはついぞ知らなかったが、本書を読むことで量子コンピュータや超伝導といった今日的・近未来的なテーマはもとより、半導体や太陽光発電などのすでに実用化された技術の原理も理解でき、通読すれば全てが一つの線で繋がったような快感を得られると思う。

 本書がやや読み手を選ぶ本であるのは確かだ。まず、題名となっている「トポロジカル物質」なるものに具体的に言及が始まるのは終盤、ようやく第7章になってからである。その特殊性を理解するためにはまず「物質一般の性質は電子の振る舞いによって量子力学的に記述される」という一般原則を理解する必要があるのだが、当然この分野の量子物理学的パラダイムの説明にはそれなりの記述量を要する。畢竟、本題への到達がどうしても遅くなってしまい読者は忍耐を求められることとなる。ただ、量子物理学については啓蒙書はあまたあり、それらに触れた経験のある読者ならば痛痒なく読み進められるかもしれない。しかしようやく本題が始まったかと思えば、そこからは具体的な物理的現象の観察結果を記述する「実空間」と並行して、個々の電子の運動量に着目したバーチャル空間である「運動量空間」における考察が進められていくことになる。この運動量空間は物理現象の直観とはいささかかけ離れた抽象的な概念であるため、僕のような文系門外漢が理解するのはやや骨が折れるのだが、この実空間と運動量空間をいかに頭の中で行き来できるかが本書を面白いと思えるか否かの分水嶺になるのではないかと思う。

 一般的な絶縁体では、安定的な低エネルギー状態を表す「価電子バンド」と、電流を生じうる高エネルギー状態の「伝導バンド」の間にギャップがあり、ここに電子の最高エネルギーレベルを示す「フェルミ準位」が存するため、バンドギャップ以上のエネルギーが外部からもたらされないかぎり電流を生じない。しかし、電子の活動スピードの速い(角運動量の大きい)ある種の物質では仮想磁場が強く働くこととなるため、「スピン軌道相互作用(磁場に対する電子スピン自身の反応により、スピン縮退が解ける現象。通常はスピンの向きでエネルギーに差は生じないが、磁場存在下ではスピンの向きによりエネルギー準位が分裂する)」が強く生じる結果、価電子バンドと伝達バンドの上下関係が「捻られる」ことがある。つまり、このバンド反転が起きやすい物質こそが「トポロジカル物質(トポロジカル絶縁体)」であるということになる。

 ではこの物質の何が特徴的かといえば、通常の物質ではその性質がバンドの「形状」の変化により決定づけられるのに対し、トポロジカル絶縁体では形状ではなくバンドそのものが変質してしまっているため、そもそも量子物理的な性格が異質なものになってしまっている、ということらしい。すると、トポロジカル絶縁体(バンド反転)と通常の物質(バンドギャップ存在)の接触面においては、バンドギャップがゼロとなり(バンド交差)、フェルミ準位をその交差範囲内に含むため、低エネルギーから高エネルギーへの移行(励起、電流発生)が容易な金属一般と同様の状態(トポロジカル表面状態)が生ずる。これは他の外部条件によらず物質そのものの内部の状態のみから生じる性質であり、電子の振る舞いにより規定される一般的物質とは異なる、トポロジカル物質特有の非常に「頑強な」性質だということになる。

 そのトポロジカル絶縁体では実際に磁場があるわけではないが、電子の原子に対する相対的運動の結果、電子が主観的に感じる「仮想磁場」が生じている。電子のスピンはこの仮想磁場の影響を受け、常に電子運動量ベクトルに対し左方に直角の向きを持つことになる(スピン・運動量ロッキング)。トポロジカル表面状態では、電子の運動量はそれぞれバラバラで相殺されるため合計ではゼロとなるが、電流が流れると一定方向の運動量が優勢となり、これに対応して一定方向のスピンも増加するため「スピン偏極電流」が流れることになる。このスピン偏極電流はスピン方向がロックされているがゆえに、通常の物質内ならば生ずる不純物との衝突による「180度後方散乱」が起こり得ない。これに仮想磁場の時間反転対称性を勘案すると、トポロジカル表面状態ではあるスピン偏極電流に対し必ず180度逆方向の同じエネルギーの電流が同時に流れることになり、総計では電流は相殺されてゼロになるが、その一方で逆方向のスピンが逆方向に流れていることになる。これは電子の移動を伴わないスピン情報のみの「純スピン流」であり、ジュール熱発生のようなエネルギーロスを伴わないため、新たな省エネの手段として用いられないか研究が進められているという。また、以上のプロセスを逆にして走査トンネル顕微鏡で一定のスピン方向を持った電子をトポロジカル絶縁体の表面に注入すると、電場なしで電流を生じさせることができるということになる。これは従来の太陽光発電よりもロスの少ない発電装置に利用できる可能性があるということだ。

 本書をなんとか理解し読み進めるには、通常の物質の性質を説明する第Ⅱ部以前の解説に何度も戻らなければならず、確かに苦労はする。しかしそれは逆にいえば、本書がきちんと理解の前提となる知識を準備してくれているということでもあり、非常に親切に構成された本だと言えるとも思う。図表も多く、抽象的な概念を直観的に理解する助けになる。カバーする範囲が広い割にコンパクトにまとまった内容となっており、物理一般に興味のある方にぜひお勧めしたい。 

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年12月9日
読了日 : 2021年12月9日
本棚登録日 : 2021年12月9日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする