文字と組織の世界史 新しい「比較文明史」のスケッチ

  • 山川出版社 (2018年9月1日発売)
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これまでの世界史は、並存する個々の「文化世界」からみた自己中心的な視点からの記述に止まり、諸文明の相対性に着目したトインビーですら西欧中心主義からの脱却はなし得なかった。本書は、世界全体を覆う「グローバル・システム」の成立により単一文化中心的な視点はもはや妥当せず、様々な文化のライフ・サイクルを軸に文明史を捉え直すべきと唱える。

同様の試みとしてはハンチントン「文明の衝突」がすぐに思い浮かぶが、国際政治学に属する同書が「文明」と「文化」との違いをあまり意識せず、イデオロギー対立終結後の対立軸としてやや曖昧に「文明」を扱っていたのに対し、世界史に軸を置く本書は両者を相補関係に立つが異なる概念として峻別し、主に「文明」よりも各「文化」世界がグローバル・システムに統合されていった過程を記述する。そして、同一文化圏を規定するのは「文字」であるとし、使用文字を基準に世界を切り分けるのである。

ただ、本書での各「文字」は、文化圏を「事後的/結果的に」規定する媒体として現れるのみで、文字の使用がどのように各文化圏の思想や政治を形成していったかという視点の記述はほとんどなく、文字に関する視覚的な情報も皆無である。題名や装丁からそのような内容を期待するとやや肩透かしを食らうのではないか。

しかし、切り口として文字を用いることでうまく説明がつくことも多い。例えば世界史上特異な例として挙げているインドと中国について、著者はこれらの二国家が「ネイション・ステートの衣装を纏った一つの『世界』」であるとするが、確かにこれらの二国家は通常のネイションステートとは異なり、文化の同一性、即ち使用文字の同一性が重要な役割を果たしているように思える。多民族・多言語国家たるインド、永きにわたり民族的アイデンティティを保持する必要があった中国において、文字が同一であることの文化的統合への貢献は少なからぬものがあるのだろう。また東欧諸国のソ連的共産主義の受容・反発が、所属する文字世界で異なっていたことの指摘も興味深い。

本書は、グローバリゼーションを文明のみならず諸「文化」の西欧化、即ち平準化と捉え、(文明が優劣比較可能であるがゆえにその巻き添えを食う形で)諸文化までもが斉一化され忘却されることへの警告で終わっている。西洋の脅威への対応を誤り解体の憂き目を見た、オスマン帝国を専門とする著者ならではの重い提言だと思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2018年12月2日
読了日 : 2018年11月25日
本棚登録日 : 2018年11月25日

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