監督失格 DVD2枚組

監督 : 平野勝之 
出演 : 林由美香 
  • 東宝
3.80
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感想 : 42
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ミューズとはつまりホモソーシャルに愛でられた女のことだ。ならば林由美香こそミューズのなかのミューズといえるだろう。出棺の際、その柩を運んだのは彼女のかつての男たちだった。このむせかえるようなホモソーシャルには戦慄をおぼえるが、これこそが「監督失格」そして林由美香の象徴なのだ。それをおもうと暗い気持ちになる。「愛でられる」といえば聞こえがいいけれど、それは「犠牲」とほとんど同義だ。たとえばキキ。マン・レイの恋人で、藤田嗣治やキスリング、ピカソやユトリロ、スーチンやモディリアーニなど、あの時代の画家や彫刻家が、こぞってモデルにしたエコール・ド・パリのミューズだが「モンパルナスの女王」とも称された彼女は、その実、生け贄のようなものだった。キキことアリス・プランは、ブルゴーニュ地方で私生児として生まれる。従兄弟たちと共に祖母の家で育ち、母に引き取られてパリへ出たのが12歳。工場やパン屋で働くも、仕事をまもなくクビになり、そんなおり、モデルにならないかと彫刻家に誘われる。アトリエを訪ね、彼女は5フランで裸になった。現場を見た母は、娘をしたたかに殴りつけ、以来、キキは親元を離れ、宿無しになって、芸術家のもとを転々とする。寝床と食事を与えてくれれば、誰にでもどこへでもついていったという。このとき彼女は14歳。それからしばらく生活のためにモデルを続け、その過程で多くのアーティストを魅了して、ミューズと呼ばれるまでになるのだけれど、華やかな時代は人生のほんの一瞬で、ほんとうはあまり裸になるのも好まなかったらしい。これが現代の話しだとしたら、芸術家たちはのきなみ逮捕されていたはずだ。

また、アメリカのセックスシンボルで、ハリウッドのミューズであるマリリン・モンローは、ケネディ兄弟の愛人だったといわれている。彼女はホモソーシャルに愛でられ、そしてホモソーシャルに殺されたのだとおもう。女神だなんだともてはやされても「冗談じゃない、わたしは人間だ」と拒絶できる強さがあれば問題ない。でもキキやマリリンや林由美香は、それをそのまま受けいれてしまったのではないだろうか。ホモソーシャルはとかく女性に受容を求めるものだ。世界に対して愛を乞うタイプの女優やモデルは、男たちの欲望や妄想につい引きずられてしまう。この映画を観るまえに自転車三 部作(「由美香」「流れ者図鑑」「白 THE WHITE」)を鑑賞したが、スクリーンに映る林は心地よい程度にしか男を振り回わさない(そのへんが媚びない、裏表がないと評されるゆえんかもしれな い)既婚者にとって理想の恋人にみえた。その聞き分けのよい愛人ぶりが切なかった。もちろん平野監督の奥さん(平野ハニーさん)の聞き分けのよい妻ぶりも 切ないのだけれど、林のよるべなさには胸のつぶれるおもいがした。林を「運命の人」だといいながら、平野は離婚する気など毛頭ないらしい。愛人にはばかることなく奥さんの話しをして、旅先から電話もかける。そのくせ不倫のさみしさから男友達にハガキを出した林に激怒し、そのときの喧嘩がきっかけでタイトルにもなった「監督失格」という言葉が生まれた。どこにでもあるような、うら悲しい不倫の風景。それでもロードムービーとして「由美香」は独特のおもしろさがあったし、ぬけぬけとでれでれする平野もふしぎと憎めなくて、予想外にたのしかった。

でも「監督失格」には娘を失った母の慟哭とホモソーシャルの気持ち悪さしかない。泣きじゃくるカンパニー松尾。棺桶をかつぐ林にふられた(?)男たち。思い出を語るV&Rプランニングの面々。喪失を抱えて葛藤する平野。林に女友達はいなかったのだろうか?彼女を女神視する人々のそれではなく、親しかった友人がいるならば、その人の話しを聞きたかった。林由美香がどういう人物だったのか、これでは断片しかわからない。浮き彫りになるのはミューズの寂寥と孤独。そしてその影で涙を飲んだであろう妻の苦しみ。にもかかわらず「幸せですか?」「幸せですぅー」という例のやりとりを臆面もなく流す平野監督。この男が「しあわせなバカタレ」であることはまず間違いがないだろう。といささかげんなりしながらわたしはおもう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ドキュメンタリー
感想投稿日 : 2014年4月24日
読了日 : 2014年4月24日
本棚登録日 : 2014年4月24日

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