エル・アレフ (平凡社ライブラリー)

  • 平凡社 (2005年9月9日発売)
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本棚登録 : 277
感想 : 23
4

衒学的で神秘的でありつつ、同時に妙に俗っぽく、
そこが面白いボルヘスの短編集。
情報量が非常に多いので、
フムフムとページを捲るものの、
一編読了して一旦本を閉じると何を読んだか忘れてしまう……
といったことは『伝奇集』のレビューにも書いたが、
凡人の頭がオーバーフローを起こすのは致し方なし。
作者は自由自在に読者をどこへでも連れ出してくれるが、
束の間の旅から戻るや否や、何を見聞きしたのかきれいサッパリ、
といったところ。

以下、特に感銘を受けた作品について、若干ネタバレ臭が漂います。

■不死の人
 骨董商カルタフィルスが貴人に売った『イリアッド』の
 最終巻(第六巻)に挿入されていた手稿の内容。
 自分が何者かを忘れてしまうほど長く生き、
 さまよい続けた「私」は、付き従う蛮族の一員と共に、
 砂漠に降った雨をきっかけに記憶を取り戻した。
 本来別個のものであるはずの二者の合一という、
 清潔なエロティシズムを偲ばせる物語。

■神学者
 古代ローマの神学論争と火刑。
 しかし、天上の神には勝者も敗者も関係なく、
 同じ一人の人間としか見なされない。

■ドイツ鎮魂歌
 ナチスの幹部だったオットー・ディートリヒ(1897-1952)が
 戦犯として収監され、静かに内省に耽る様が、
 ナルシスティックに描出されるが、
 本文では当人が1908年生まれと述懐しているし、
 現実には恩赦によって釈放された由。
 死刑前夜の諦念と興奮の描写は
 ボルヘスの想像力の産物か。

■ザーヒル
 地域や文化によって名指される対象は異なるが、
 いずれにせよ、考え始めると、
 その形象や概念に取り憑かれたようになってしまう
 「ザーヒル」について。
 死を覚悟したボルヘスは
 亡くなった美女に想いを馳せつつ
 「ザーヒル」の一つである
 アルゼンチンの20センターボ硬貨のイメージを弄び続け、
 頭の中でコインが摩耗する頃には
 神の姿を見出せるだろうと考える。
 しかし、現代アルゼンチンの硬貨
 センターボ(1センターボ=1/100ペソ)の種類は
 5,10,25,50なのだとか。
 それでは神はボルヘスの心象風景にだけ現れる幻なのか。

■戸口の男
 インドのムスリムの町で起きた騒乱を鎮圧するために送り込まれ、
 事後、失踪したスコットランド人、
 デヴィッド・アレグザンダー・グレンケアンについて、
 クリストファー・デューイが語ったこと。
 エリアーデの小説のような時間の歪みが生じて読者を眩惑する。

■エル・アレフ
 恋慕していた女性が亡くなり、
 命日に彼女の家を訪問するようになったボルヘスは、
 彼女の従兄(弟)ダネリと親しくなる。
 詩人を自称する彼は生まれ育った家が取り壊されるのを嘆くが、
 単なる感傷だけが理由ではなかった。
 ボルヘスはダネリ邸の地下に隠された秘密に触れて衝撃を受ける……。
 宇宙の神秘を垣間見るかのような荘厳な物語かと思いきや、
 創作家として嫉み合う二人の男の関係性に苦笑させられつつ、
 聖‐俗の対比の見事さに唸る。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ:  ラテンアメリカ文学
感想投稿日 : 2017年9月4日
読了日 : 2017年9月4日
本棚登録日 : 2016年10月27日

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