衒学的で神秘的でありつつ、同時に妙に俗っぽく、
そこが面白いボルヘスの短編集。
情報量が非常に多いので、
フムフムとページを捲るものの、
一編読了して一旦本を閉じると何を読んだか忘れてしまう……
といったことは『伝奇集』のレビューにも書いたが、
凡人の頭がオーバーフローを起こすのは致し方なし。
作者は自由自在に読者をどこへでも連れ出してくれるが、
束の間の旅から戻るや否や、何を見聞きしたのかきれいサッパリ、
といったところ。
以下、特に感銘を受けた作品について、若干ネタバレ臭が漂います。
■不死の人
骨董商カルタフィルスが貴人に売った『イリアッド』の
最終巻(第六巻)に挿入されていた手稿の内容。
自分が何者かを忘れてしまうほど長く生き、
さまよい続けた「私」は、付き従う蛮族の一員と共に、
砂漠に降った雨をきっかけに記憶を取り戻した。
本来別個のものであるはずの二者の合一という、
清潔なエロティシズムを偲ばせる物語。
■神学者
古代ローマの神学論争と火刑。
しかし、天上の神には勝者も敗者も関係なく、
同じ一人の人間としか見なされない。
■ドイツ鎮魂歌
ナチスの幹部だったオットー・ディートリヒ(1897-1952)が
戦犯として収監され、静かに内省に耽る様が、
ナルシスティックに描出されるが、
本文では当人が1908年生まれと述懐しているし、
現実には恩赦によって釈放された由。
死刑前夜の諦念と興奮の描写は
ボルヘスの想像力の産物か。
■ザーヒル
地域や文化によって名指される対象は異なるが、
いずれにせよ、考え始めると、
その形象や概念に取り憑かれたようになってしまう
「ザーヒル」について。
死を覚悟したボルヘスは
亡くなった美女に想いを馳せつつ
「ザーヒル」の一つである
アルゼンチンの20センターボ硬貨のイメージを弄び続け、
頭の中でコインが摩耗する頃には
神の姿を見出せるだろうと考える。
しかし、現代アルゼンチンの硬貨
センターボ(1センターボ=1/100ペソ)の種類は
5,10,25,50なのだとか。
それでは神はボルヘスの心象風景にだけ現れる幻なのか。
■戸口の男
インドのムスリムの町で起きた騒乱を鎮圧するために送り込まれ、
事後、失踪したスコットランド人、
デヴィッド・アレグザンダー・グレンケアンについて、
クリストファー・デューイが語ったこと。
エリアーデの小説のような時間の歪みが生じて読者を眩惑する。
■エル・アレフ
恋慕していた女性が亡くなり、
命日に彼女の家を訪問するようになったボルヘスは、
彼女の従兄(弟)ダネリと親しくなる。
詩人を自称する彼は生まれ育った家が取り壊されるのを嘆くが、
単なる感傷だけが理由ではなかった。
ボルヘスはダネリ邸の地下に隠された秘密に触れて衝撃を受ける……。
宇宙の神秘を垣間見るかのような荘厳な物語かと思いきや、
創作家として嫉み合う二人の男の関係性に苦笑させられつつ、
聖‐俗の対比の見事さに唸る。
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- 感想投稿日 : 2017年9月4日
- 読了日 : 2017年9月4日
- 本棚登録日 : 2016年10月27日
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