難波さんがブルネレスキのサント・スピリト教会の入隅に「観念と現実の裂け目」を見いだすところに、決して建物の性能の向上だけを目指した技術屋にはない、確固とした「建築家らしさ」を感じる。
作家の坂口安吾は『文学のふるさと』というエッセイのなかで、童話や昔話に見られる「いきなりそこで突き放されて、何か約束が違ったような感じ」を、「ふるさと」という言葉で言い表したが、ブルネレスキのサント・スピリト教会の入隅はまさにそういう意味で、<建築のふるさと>だ。
二章の終わりで難波さんがブルネレスキのことを「世界最初のモダニスト」と呼び、続けて「モダニストたちの建築が取り組んだのは、観念と現実の裂け目をいかに埋めるかという問題だったのではないか」(p.102)と書いているように、ルネサンス以降のあらゆる建築は、「ふるさと」という、人を突き放すような残酷な裂け目から出発している。
この本を読むと、難波さんは、「文学のモラルも、その社会性も、このふるさとのうえに生育したものでなければならない」と言う安吾の言葉通りに、<建築のふるさと>というものを自身の設計活動の起点にしているように思える。(T.N)
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- 感想投稿日 : 2011年1月5日
- 読了日 : -
- 本棚登録日 : 2010年12月15日
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