罪びとの手

  • KADOKAWA (2018年6月29日発売)
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3

 死んだ男は誰だ。死んだとされた男はどこにいる。
 父親から葬儀屋としての矜持を引き継いだ男は、死体を父親と認めて盛大な葬儀を執り行おうとする。一方、父親から刑事としての矜持を引き継いだ男は、死体を別人と見て単独で捜査を続ける。
 2人の男の矜持がぶつかり合うサスペンスミステリー。本編4章とプロローグに当たる零章の5章からなる。
          ◇
 廃墟となったビルで見つかった1人の男性の遺体。警察は事件性なしと判断し身元不明のまま葬儀屋に引き渡すことにした。

 ところが、遺体を引き取りにきた葬儀会社の御木本悠司社長は遺体を見た瞬間、思わず「殺したか」と呟いたあと、遺体は自分の父親の幸大だと言い出した。

 知らせを受け駆けつけた悠司の兄である昇一は、遺体を見て違和感を覚える。顔は確かに父親だが、どこかが違う。
 さらに生前の父親の希望に反して大々的に葬儀を執り行おうとする、弟の強硬な態度にも不審を感じていた。

 一方、事故死という本部の結論に対して釈然としない川崎署の滝沢が引っかかりを覚えたのは、遺体の壊れた腕時計だった。
 止まった腕時計が指し示す時間と検視官の出した死亡推定時刻にある2日間の差に注目した滝沢は、捜査終了という本部の指示に従わず、単独で調べることにした。

 この事件は本当に事故なのか、それとも殺人なのか。そして、そもそもこの遺体は誰なのか。
 葬儀が終われば遺体はすぐに火葬されてしまう。タイムリミットが迫るなか、滝沢の地道な聴き取りが続くが……。

      * * * * *

 これまで読んだ天祢作品とは、少々違う作りです。

 まず主人公の1人である滝沢圭という刑事について。やたら眼光の鋭いニコリともしない表情と捜査優先の不躾ともとれる態度。いかにもハードボイルド風でイケメンっぽい。

 けれど、その滝沢にさほど魅力を感じませんでした。滝沢の言動は、タイムリミットが迫っていたとは言え、あまりに余裕がなさすぎる。

 天祢作品における刑事の代表格は真壁警部補でしょう(仲田蛍は別格)。
 愛想のなさは滝沢と同じですが、真壁の方が懐の深さがあります。いかつい顔をどうにか笑顔にしようと努力するなど柔軟性もあります。
 対して滝沢は直線的で融通がまったく利かない。一度、仲田巡査部長の薫陶を受けたほうがいいのではないかとさえ思うほどです。

 また、滝沢は女々しい。
 有能な現職警察官である父親に対する尊敬と反発が、滝沢の心を二分しています。父親を理解したいと同時に父親を超えたいという気持ちを捜査のモチベーションにするのは違うと思います。
 こんな器の小さい主人公にはエールを贈れません。

 もう1人の主人公は御木本悠司という葬儀会社の2代目社長。常に微笑を湛えたような穏やかな表情と冷静沈着で落ち着いた物腰など、滝沢とは対照的な人物として描かれています。

 傑物の父親の影響を大きく受けている点では滝沢と同じですが、御木本の方はエディプスコンプレックスなどとっくに卒業したようで、反発どころか逆に父親をフォローしようと動いているし、リスクを受け止める度量もあります。
 終盤まで御木本の正体がわからないため敵役としての役割でしたが、彼の魅力でこの作品は持っていたようなものだと思います。

 クライマックスのシーンも大仰に過ぎました。
 葬儀会場内。衆人環視のなか滔々と披露される滝沢の名推理。固唾を飲んで聴き入る聴衆。まるで舞台劇を見るようでリアリティに欠けます。仲田蛍の謎解きとはあまりに違いました。

 そんなこんなで、少し引き気味のまま読了しました。こんな展開は他の作家ではアリかも知れないけれど、天祢涼さんの作品としては異質だったと思います。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: サスペンスミステリー
感想投稿日 : 2023年8月14日
読了日 : 2023年8月14日
本棚登録日 : 2023年8月14日

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