雪 (岩波文庫)

3.85
  • (28)
  • (34)
  • (37)
  • (3)
  • (0)
本棚登録 : 452
レビュー : 63
著者 :
gakuichiさん 世界と出会う   読み終わった 

今週おすすめする一冊は、中谷宇吉郎の『雪』です。中谷博士は雪
の研究の第一人者で、1936年に世界で初めて人工雪の実験に成功。
本書は、博士が雪の研究に着手してから人工雪の実験に成功するま
での過程を描いた本で、初版は1938年。70年前の、博士38歳の時の
作品ですが、今だに読み継がれている科学書の古典的名著です。

随分と昔に買ったままになっていた本書を突然読みたくなったのは、
博士の「線香の火」という随筆の内容に感銘を受けたからです。

中谷氏は、日本を代表する物理学者である寺田寅彦の下、東大で最
先端の物理学を研究していましたが、その後赴任したのは実験器材
も満足に揃っていない北海道大学。しかし、中谷氏は師匠である寺
田寅彦から言われた「線香の火を消してはいけない」という言葉を
大切にしていました。「とにかく手を着けて、細々となっても必ず
研究を続けていくことが大切」という意味のこの言葉を、寺田氏は
弟子達を送り出す時に贈っていたのだそうです(「線香の火」は岩
波文庫の『中谷宇吉郎随筆集』に納められています)。

「線香の火」を消さないために目をつけたのが、北国に豊富にある
雪でした。本書はこの研究を形にしていく過程を描いているのです
が、これがとにかく面白く示唆に富むのです。難しい問題を前にし
ながら、できるところから手をつけて、観察と実験を繰り返し、よ
り本質的な問いに近づいていく。科学の精神や態度、アプローチ方
法とはこういうものなのか、と目を見開かされる思いがします。そ
れは「何度でもぐるぐる廻り」しながら少しずつ進む「ねじの運行」
のようなやり方ですが、「決して迂遠な道ではなく、むしろ最も正
確な近路を歩いていることになる」ものなのです。

その根底にあるのは自然の工(たくみ)の美への憧憬です。そして、
自然の美の探求は、一人の人間が一生を費やしても完成することで
はなく、「今後の有為な人々が、何十人か何百人かあるいは何千人
かが、更にその上に真剣な努力を積み重ねることによって一歩一歩
と完成に近づく」性質のものです。このような科学の営み。それを
支える科学者の精神と態度。「崇高」とはこういうことを言うので
しょう。

「雪は天から送られた手紙である」という有名な言葉は本書から生
まれました。読み解くことに一生をかけようと思える手紙を見つけ
ることこそが人生の僥倖なのだということを教えてくれる一冊です。
是非、読んでみてください。

=====================================================

▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

=====================================================

今日我が国において最も緊急なことは、何事をするにも、正しい科
学的精神と態度とをもって為すことが必要であるということであろ
う。

雪の結晶は誰が最初にその姿を正しく認識したであろうか。そして、
その後どのような歴史をもって今日に及んでいるか。今その大略を
ここに述べて見よう。そうしてこの歴史を調べることによっても今
更に感ずるのは、如何に自然の秘められたる工(たくみ)は深く、
人智によるその認識が遅々としているかということなのである。

あらゆる問題について、道具や器械が揃っていなければ科学的研究
が出来ないと思うことそれが科学的精神に反する道であると知らな
ければならない。

凡ての事象を自分自身の眼によって見ようとする願望、これがあれ
ば必ずしも専門的に知識や素質がなくともよいのである。しかしこ
のように自然現象を自分の眼で見る人には、やがてその科学的説明
を求める気持が出て来るであろう。

今日学問的のあらゆる研究において、この世界各国の研究者が互に
連絡をとることは最も必要なことなのである。今日世界の情勢が急
迫して、各々の国が鎖国的態度を取ろうとしていることは、科学の
進歩という点からいえば、寒心に堪えぬ次第である。

夜になって風がなく気温が零下十五度位になった時に静かに降り出
す雪は特に美しかった。真暗なヴェランダに出て懐中電燈を空に向
けて見ると、底なしの暗い空の奥から、数知れぬ白い粉が後から後
からと無限に続いて落ちて来る。

十勝岳へ出かける度に、毎日のように顕微鏡で雪を覗き暮している
うちにも、これほど美しいものが文字通り無数にあってしかも殆ど
誰の目にも止らずに消えてゆくのが勿体ないような気が始終してい
た。そして実験室の中で何時でもこのような結晶が自由に出来たな
ら、雪の成因の研究などという問題をはなれても随分楽しいもので
あろうと考えていた。

研究というものは、このように何度でもぐるぐる廻りをしている中
に少しずつ進歩して行くもので、ちょうどねじの運行のようなもの
なのである。

われわれの今問題としているのは、天空高く、飛行機も気球も大凧
も窺い得ない世界の気象状況を知ろうという欲望である。(中略)
雪の結晶形及び模様が如何なる条件で出来たかということがわかれ
ば、結晶の顕微鏡写真を見れば、上層から地表までの大気の構造を
知ることが出来るはずである。

雪の結晶は、天から送られた手紙であるということが出来る。そし
てその中の文句は結晶の形及び模様という暗号で書かれているので
ある。その暗号を読みとく仕事が即ち人工雪の研究であるというこ
とも出来るのである。

われわれが日常眼前に普通に見る事象の悉くが、究めれば必ず深く
尋ねるに値するものであり、究めて初めてそのものを十分に利用す
ることも出来、またもし災害を与えるものであればその災害を防ぐ
ことも出来るのである。それ故に出来るだけ多くの人が、まず自分
の周囲に起っている自然現象に関心を持ち、そしてそこから一歩で
もその真実の姿を見るために努力をすることは無益な事ではない。

結晶の研究などは如何にも迂遠な路を歩ように見えるかも知れない。
しかし或る種の仕事は、何年やってもその効果が蓄積しないもので
あるが、科学的の研究は、本当の事柄を一度知って置けば、その後
の研究はそれから発達することが出来るのであるから、そういう意
味では決して迂遠な道ではなく、むしろ最も正確な近路を歩いてい
ることになると少くとも科学者はそういう風に思っているのである。

「雪を研究する」という仕事は一人の人間が一生を費してやっても
到底かたづくような問題ではない。一石ずつ築いた研究の上に立っ
て、今後の有為な人々が、何十人か何百人かあるいは何千人かが、
更にその上に真剣な努力を積み重ねることによって一歩一歩と完成
に近づくというような性質の問題であろうと思われる。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●[2]編集後記

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

最近、「わらべうた」の魅力にはまっています。わらべうたは各地
で子ども達に受け継がれてきた唄で、「通りゃんせ」のように、そ
の内容は、かなりシュールだったり、怖かったりするものが多いの
ですが、とにかく独特の節回しがいいのです。日本人の身体に馴染
んでいるというか、耳ををついて離れないものが多いですね。

NHKの「にほんごであそぼ」を始め、わらべうたを集めたCDが出回
っていて、我が家では皆で楽しんでいるのですが、最近の娘と私の
お気に入りは「でんでらりゅうば」という不思議な歌です。

でんでらりゅうば   (出ようとして出られるならば)
でてくるばってん   (出て行くけれど) 
でんでられんけん   (出ようとしても出られないから)
でーてこんけん    (出て行かないからね)
こんこられんけん   (行こうとしても行けないから)
こられられんけん   (行くことはできないから)
こーんこん      (行かない行かない)

何でも長崎に伝わるものだそうですが、節回しも言葉もとても独特
で、一度聞いたら頭の中をぐるぐると回り続ける魔力があります。

娘はこの唄にちょっと前に異常にはまって、ところかまわず「でら
でら」と唄っていたのです。それがこちらにも感染して、一緒に唄
い始めたのですが、一体何と唄っているのかよくわからない。唄お
うにも唄えないので、歌詞を調べて娘にも教えてあげたのですが、
その途端、娘は唄わなくなってしまったのです。

これは反省しました。娘には娘の聞こえ方があって、正確な歌詞や
意味よりも、そちらのほうが大事だったのです。或いは、普通の日
本語ではない、わけのわからない感じがあるからこそ、神秘的で惹
き付けられたのでしょう。娘にとって神秘に満ちていたた世界を大
人の浅知恵で壊してしまった。。。先週の苦い思い出です。

レビュー投稿日
2011年12月29日
読了日
2009年11月2日
本棚登録日
2009年11月2日
0
ツイートする
このエントリーをはてなブックマークに追加

『雪 (岩波文庫)』のレビューをもっとみる

『雪 (岩波文庫)』のレビューへのコメント

まだコメントはありません。

コメントをする場合は、ログインしてください。
ツイートする