老人介護 じいさん・ばあさんの愛しかた (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2007年11月28日発売)
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4

昨夜は満月。三月最後におすすめする一冊は、三好春樹著『老人介
護 じいさん・ばあさんの愛しかた』です。著者は、特別養護老人
ホームに勤務したことをきっかけに老いの世界と出会い、以後、40
年近く介護の現場に関わってきた介護の世界の第一人者です。

この人の言うこと、書くことの背景には、現場での豊かな実践があ
ります。全くのシロウトとして、目の前にいる老人を何とかしよう
と悪戦苦闘する過程で一つ一つ培ってきたものです。

それは同時に、それまでの老人観や人間観を解体するプロセスだっ
たとも言います。彼が出会ったのは、わがままで強烈な個性の持ち
主ばかり。「人生は人格完成へいたる一本の道」ではなく、「真面
目な人はますます真面目に、頑固はますます頑固に、そしてスケベ
はますますスケベに」なる、つまり、齢を重ねると「個性は煮つま
る」のです。老人達と向き合う中で、そういう悟りを得る。

そこからが著者の素敵なところで、人間、最後にこんなに個性的に
なるのなら、若いうちから生きたいように生きたっていいじゃない
か、と開き直ってしまうのです。老いと出会うことでむしろ自由に
なってゆく生き様がここにはあります。

勿論、そんな綺麗事ばかりではないでしょう。老いと出会わざるを
得なかった人達もいる。でも、著者達の実践が教えるのは、たとえ
そうであっても、老いは一人で抱え込んではいけない、ということ
です。どんなに立派な家族が、どんなに完璧な介護をしても、どう
したって行き詰まってしまうのです。なぜなら、そこには介護する
者とされる者の関係はあっても、対等な関係性がないからです。

人はボケが深くなるほど関係的な世界を求めるようになると言いま
す。その関係的世界とは、言葉以前、思考以前の、共感的世界です。
そして、それはむしろボケ老人同士の中に成立しやすいものだと言
います。会話の内容など全く噛み合っていなくとも、同じ生き物と
しての共感があれば、コミュニケーションが成立してしまうのです。

そういう共感的世界を老人の回りにどれだけ作ってあげることがで
きるかが、老人と向き合う上での鍵となります。身体的、精神的な
障害ではなく、関係の障害に目を向けてゆくアプローチです。

人は最後は関係的世界に還ってゆくということです。ボケが深まる
ほどに関係を求めるということは、DNAの深いところに関係性への
希求が埋め込まれているということでしょう。そして、どんなにボ
ケが深まっても、生命としての共感能力は失われない。そのことに、
希望を感じます。生命であることをやめない限り、あらゆる存在と
関わり合える可能性がここにはあるからです。

近親者や自分自身の老いとどう向き合っていけばいいのか。それは
これからの切実なテーマです。切実だからこそ笑って向き合いたい。
そんな「老いる」ショックの乗り越え方がある、ということを教え
てくれる一冊です。是非、読んでみてください。

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▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

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あなたは自分の老いと付き合えるだろうか。老人が嫌いだという人
は難しかろう。だってそれは自分の未来が嫌いだということだから。
今、老人とうまく付き合っている人は、未来の自分ともうまく付き
合えるだろう。老人と楽しく付き合える人は、自分の老いとも楽し
く付き合えるに違いない。

人間が丸くなるどころか、人格が完成するどころか、年をとると個
性が煮つまるのだ。真面目な人はますます真面目に、頑固はますま
す頑固に、そしてスケベはますますスケベに。
私は自分の中に抱いていた勝手な老人像を打ち壊されたが、なぜか
ホッとしていた。人間、最後にはこんなに個性的になるのなら、若
いうちから個性的に生きていけばいいじゃないか、そう思ったのだ。

人生は、人格完成へいたる一本の道ではない。いきつく過程もとこ
ろも百人百通りではないか。だとしたら、外れてしまった既成のコ
ースに未練を持つ必要もないし、さらに、ドロップアウトしたとい
うことにもことさら意味を与える必要もない。生きたいように生き
る、それだけだよ、とホームの老人たちがいっているように思えた。

介護も看護もきつくて、臭くて、汚い。だが、大変なのはそのせい
ではない。この仕事のほんとうの大変さは、そのきつくて、臭くて、
汚い仕事をとおして、老人をダメにする力も、逆に生き返らせる力
も持っているということなのである。その怖さがあることが、大変
なのである。

私はこの過程を見ていて思った。まごころ、なんてものは通じない、
と。いや、正確にはこういうべきかもしれない。本当のまごころが
相手に通じるということは、とてもきれいごとじゃないんだ、と。
自分の“まごころ”で相手を変えてやろうという、その“意図”
そのものが、老人の反発を呼ぶのである。

私たちは命を救うことはできない。だが、ただ生きているだけの人
や、生きていくのをやめようと思っているような人に、もう一度笑
顔を取り戻させることならできるかもしれない。

世の中は、下から見るとよくわかる。少なくとも、上からや横から
は見えないものが見える。なぜなら、人は上に対してはいい顔を見
せようとするが、下には無警戒にその素顔や本音を見せてしまうか
らである。

正しくなくてはならないのなら、多くの老人たちの人生は過ちだら
けだった。私のこれまでの人生ももちろん過ちだらけだ。明るくな
ければならないのなら、老人の多くが抱え込んだ暗さはどうなるの
か。明るい光の世界からはその影の部分は見えないのではないだろ
うか。それじゃ老人と付き合えないだろう。

科学は後からついてくる。現場の実感のほうが先である。実感こそ
が科学の根拠だともいえる。つまり、科学的根拠のないことしかし
ない、という人は五年遅れ、十年遅れの実践しかしていないという
ことである。

人が元気を出すには仲間が必要なのだ。自分と同じように年をとっ
ており、同じように障害を持っている人との、横の人間関係が必要
なのである。(…)だから、私たちは、家から老人を引っ張り出す
ことに全力を注ぐ。

ボケ老人を一人見るのは大変である。だから家族は疲れ果てる。で
も二人になれば、会話にならない会話が成立する。ボケ老人同士の
共感的世界が成立するのだ。三人で秩序ができあがり、五人で誰が
ボケているかわからなくなる。
認知症老人へのアプローチは、老人そのものを対象とした治療から、
老人の回りに人間関係を作り出していく“関係づくり”へと方向を
転換していくのである。

ボケ老人こそ人間関係を求めているのだ。

高度経済成長を支えた世代を襲った自らのアイデンティティを突き
崩すショックが二つあった。一つはオイルショック。もう一つが
「老いる」ショックである。

私は医療が変わりうるとしたら、老人と関わる現場からだと考えて
いる。なぜならそこが最も近代の矛盾が凝縮していて、医療関係者
が最も自らの無力さを痛感させられている場だからである。

老人たちは、私自身のこれから訪れる老いとの付き合いかたをも教
えてくれたし、老いる前に、老いを内包した生きかたをも考えさせ
てくれたのである。
だから多くの介護職たちは、老いと出会ってよかった、という。で
きることなら、老いと出会わざるを得なかった、介護家族をはじめ
とする多くの人たちも同じような思いに至ってくださることを願っ
ている。

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●[2]編集後記

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2週間前に引っ越しをし、新しい暮しが始まりました。新居(と言
っても貸家ですが)は、湘南の西側、西湘と呼ばれる地域の、山と
海に囲まれた小さな町です。

電車に乗っているのがちょうど一時間。自宅を出てからオフィスに
着くまで大体一時間半かかります。一時間以上の通勤なんてあり得
ない、と思っていた昔の自分からは考えられないことです。ほんと
人生は想定外です。

でも、これが全然苦ではないんですね。まず、行きは絶対座れます。
帰りも途中からは座れます。まとまった時間がとれるから、仕事に
も読書にも、ちょうど良い時間です。

何よりも、朝晩の駅と家の間の徒歩の時間がいいです。朝は野の花
や畑に季節を感じ、夜は濃密な闇の中に自然の息遣いを感じます。
潮騒も聞こえるし、星もよく見えます。東京から一時間で、こんな
に自然が濃厚になるのかと驚くばかりです。

住み始めて、情報が少ないということは、実は豊かなことなんだ、
ということに気付かされています。特に夜。暗いからこそ気付くこ
とってあるんですね。駅前のネオン、人並み、行き交う車、何時ま
でも開いているお店。そういう外界の刺激が減ると、こちらの感覚
が鋭くなるから、そこにしかないものの存在に気づくようになるの
です。

そのせいか、転居してから娘が描く絵が変わった気がします。お地
蔵さんとか、今までは出てこなかったモチーフが、極めてリアルに描かれてい
るのです。子どもは「そこにしかないもの」をちゃんと感じ取っているんですね。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 自分と出会う
感想投稿日 : 2013年3月28日
読了日 : 2013年3月28日
本棚登録日 : 2013年3月28日

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