外骨という人がいた! (ちくま文庫)

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レビュー : 14
著者 :
gakuichiさん クリエイティブに生きる   読み終わった 

外骨とは、明治から昭和初期に活躍したジャーナリスト・風俗研究
家で、日本三大奇人の一人として知られる宮武外骨のことです(ち
なみに他の二人の奇人は、南方熊楠と小川定明です)。

『頓知協会雑誌』『滑稽新聞』『教育畫報ハート』『スコブル』
『面白半分』など、明治から昭和初期にかけて、反権力・パロディ
・エログロの雑誌を次々に創刊。不敬罪や発禁処分を何度も経験し、
監獄に入ったり、選挙に出たりと、とにかく相当にお騒がせな人だ
ったようです。商業的に最も成功した『滑稽新聞』は、明治時代に
おいて八万部も売っていますから、決して主流ではなかったけれど、
マイナーでもないという、不思議な立ち位置の人だったのでしょう。
民本主義の吉野作造の支持者でもあり、晩年は東京帝国大学の嘱託
として、吉野と共に明治新聞雑誌文庫の充実に尽力しています。

本書は、外骨のことをこよなく愛する作家・現代美術家の赤瀬川原
平が、『滑稽新聞』『スコブル』を中心に外骨作品の面白さを紹介
したものです。「学術小説」とあるように、途中からだんだん虚実
ないまぜになり、最後は赤瀬川氏本人が扮する外骨との対談で締め
るなど、本書の構成自体が相当に人を喰ったものとなっています。

肝心の内容はというと、これはもう外骨の凄さに目を見張るばかり。
現代美術家の赤瀬川氏でも驚くほどの今見ても新しい表現の工夫が
随所に施され、現代にも通じる鋭い政治批評や風刺がこれでもかと
続きます。エログロにしても単なるエログロではなく、何とも言え
ずにおかしく、詩的。何度も噴き出したり、感心したりで、とにか
く読んでいて飽きさせません。宮武外骨、ほんと最髙です。

一体、外骨をここまで駆り立てものは何なのか、それはわかりませ
ん。ただ、とにかくこの人は、人間が織り成すこの世界に対して尽
きない興味があって、しかも、その世界と丸ごと関わり続けようと
した人だったのだと思います。その突き抜け方、徹底の仕方が半端
じゃなかったから奇人変人と称されただけであって、ベースにある
人間観や世界観は至極真っ当です。

その真っ当さを、理屈や正論にしないところが外骨の魅力なのです。
高みから断罪するのではなく、自分のことをバカにするピエロ的な
態度と滑稽やエログロやナンセンスの表現を使って、権威や常識と
いう名の「日常の政府」を徹底的に解体していくセンス。そして、
一見何もないところに深淵な真実を浮かび上がらせていくやり口。
そこに外骨の凄みがあります。

ラディカルとはもともと「根元」と言う意味ですが、外骨の生き様
や表現は、言葉の真の意味でラディカルです。根源的だからこそい
つ見ても新しいし、残り続けるのでしょう。

外骨は明治維新の年に生まれ、昭和30年に亡くなっています。日本
が近代化し、民主化に至る激動の時代に、ひたすら社会と対峙し、
ラディカルを貫き続けた外骨。その生き様や表現の工夫に、再び激
動の時代を迎えるであろう日本人が学ぶべきことは多いはずです。

是非、外骨の世界に触れてみて下さい。

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▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

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まさに読者を喰っているとはこういうことだろう。私たちは読者に
なって、読みながら思わず食われてしまう。その食われることが快
感なのだ。うわあ、と思って食われながら逆にその食い味を知る。
この場合その味に隙がなく、みっしりと強烈である。迎合がない。

宮武外骨における面白さの、まずその一、しつっこいということ。
しつっこいことの滑稽である。

面白さのその二、即物的であるということ。言葉でその面白さを説
明するという教養主義を経由せずに、文字の物体的関係による滑稽
さを直接に発生させるのが外骨だと思うのである。

面白さのその三、人を食っているということ。読者への迎合がない。
読者を自分と対等のものとして考えているらしく、隙があれば存分
に罵倒してもいいものと考えている。

面白さのその四。ものごとを見つめる視線が科学的であること。と
いうか、つまり情実とか利権とか縁故関係とかいうジメついた視線
は素通りしてしまって、ものごとを物理的に見つめていること。と
いうより、一言、リアリズムといえばいいのだろうか。

面白さのその五、行動的であるということ。

宮武外骨の批評意識はそのまま現代に通底しているのであった。と
いうより、いつの世にも、ということだろう。本当に現代的なもの
があるとすれば、それは古びることなく、いつの世でも現代的なの
である。つまりそれは、その時代の批評精神というものが、世の中
の構造の骨にまで到達したときにいえることだ。

自分のことをバカに出来ることの凄み。これを大衆的、などといっ
てしまうことさえはばかられてしまう。

外骨の雑誌表現の面白さというのは、その内容が俗っぽい現実関係
から発して観念の高みに昇るにつれて、その表現がますます現実の
物体に付着していくという、その形而の上下を貫通するパースペク
ティブの壮大さにあると思うのです。

徹底していることはたしかに徹底しているけれど、それが何で徹底
しているのかまるでわかりません。そこのところが物凄い。

外骨の表現というのは読者に迎合するどころか、読者の予定調和の
感性にザックリと切り込んでくるわけであります。

しかし外骨というものもねえ、本当に粘り強い存在だと思いますね。
外骨自身はただ面白いものを作ろうと、それだけでやった表現なの
かもしれないけど、その表現自体が粘り強い生命力を持っている。

外骨の表現というのは、常の時代にあって新しく、ほとんど永続的
に現代性をもっている。それはつまり雑誌的、消耗的表現であるに
もかかわらず、その先端が普遍の確認にまで達しているからだろう。

戻にサンズイのついた涙。これも不思議な文字です。なぜ涙は水が
戻るなのか。そのつながりで泣くという字も考えました。なぜ水が
立って泣くのであるか。そのことで小説を書いたりもしました。人
間はもとはといえば海水から湧いて出てきた。だから体中にしょっ
ぱい水を溜めている。それが涙となってあふれて海に戻る。その戻
るまでのわずかな間、人間は陸の上に立って泣きながら生きている
のです。

漢字には本当にいろんな貌があります。奥行きが美しいもの。単純
さが美しいもの。そこにあるドラマの絡み合いが美しいもの。

世の中というのはとにかく漠然としていて、どこに何が潜んでいる
かわからんでしょう。世の中というのはぼんやり濁った川の、その
淀んだ水面みたいなもんです。これはやっぱりポツンと糸を垂れた
くなる。

理屈はね、いくら正しい言葉で言っても効き目がない。そりゃあ相
手が良い人なら効きますよ。人の良い繊細な人だったらちゃんとし
た理屈で通じます。だけど世の中の政治とかそこいらへんを牛耳っ
ているものはだね、言葉で何か理屈を言っても屁とも思わない。正
しい理屈なんてへいごもっともでえと素通りするだけでぜんぜん効
かない。

世の中を牛耳っているのは政治の政府だけじゃない。身の回りの生
活の、日常の政府というものがある。それがいくつもの見えない薄
皮みたいになって、世の中をあちこちから幾重にも包んでいる。だ
から何もね、ちゃんと見えてる政治の政府の正面に向かうことだけ
が体制の批判じゃないわけだ。言葉だって文字だって活字だって、
雑誌の表現だって、人間の服装だって、みんな身の回りの政府に牛
耳られているわけでしょう。

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●[2]編集後記

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今、東北には、一つところに長期間滞在しながら被災地支援をして
いる若者達が全国から集まっています。まだ津波の水が引かない頃
から緊急支援に入り、ゴミと泥とハエにまみれながら、地元の人達
と信頼関係をつくり、居場所を築いてきた彼・彼女達。

緊急支援が一段落した今は、仮設住宅に住む人々のケアだったり、
生業の支援だったりをしていますが、そうやって現場の泥と人間に
もまれながらこの10ヶ月を生きてきた彼・彼女達は、とても逞しく、
生き生きと輝いています。

そんな若者達の中でも、特に20代に素晴らしい才能と行動力を持っ
た人が多いと感じます。「社会を良くしよう」とか「人を救おう」
みたいな妙な気負いがなく、震災の前後で何が大きく変わったとい
うのでもなく、ただ以前からの生き方の延長で、必然的に東北に入
り、淡々と、無理のない範囲で、でも楽しそうに、かつきちんと責
任感を持って活動している。そんな感じなのです。英語を屈託なく
使う子が多いのも特徴ですね。

そういう彼・彼女達を見ていると、次の時代を作るリーダーという
のは、こういう人達の中から出てくるんだろうなと思います。いや、
そもそもリーダーとかいう考え方自体が古いのかもしれません。特
定の指導者がいなくても、皆が仲間としてゆるやかにつながり合っ
て、関わり合ううち、何か大きなことが成し遂げられていく。そん
な方法論なり組織論なりが彼・彼女達の時代のデファクトになって
いくのかもしれません。

マクロにみると社会は閉塞感に包まれ、身動きとれないように見え
ますが、ミクロなレベルでは物凄く価値観や働き方が変わってきて
います。これは大きな変化の予兆です。面白い時代になりそうです。

レビュー投稿日
2012年2月6日
読了日
2012年2月6日
本棚登録日
2012年2月6日
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