羊と鋼の森 (文春文庫)

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本棚登録 : 5937
レビュー : 635
著者 :
ほしこさん 小説   読み終わった 

話題になったからと、買って積ん読になってたが、読み始めたら一気に読んでしまった。
クラシック音楽やピアニストの話は結構目にするが、調律を題材にした話は確かに珍しい。

社交的で要領の良い弟君が少しコンプレックスで、ピアノやクラシックに関して特に専門の知識を持っておらず、卓越したセンスはないが、真面目に物事に取り組む。トークが特段上手くはないが、会話に困るほど下手ではない。
小説の上では没個性とされている外村君だが、彼の実直性は突き抜けていると思う。
何かをたとえる時の森の詳細な表現や、調律が上手くなるためにコツコツ続けることを苦痛と感じないとさらっと言えちゃう所とか。

彼は森に囲まれて育ち、本質的なものを自然から学んでいたのだと思う。
憧れの調律師が目指す「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな音」を体現しようと日々努力し、それをただの一歩としか見ない実直性を持つ外村君が、周りからは異質にも見えるし、どこか脅威にも感じる。人間は楽をしたり面倒なことを回避するための言い訳をいつも使っちゃうので。
だから、彼のピアノに向かう姿勢が合わない、または耐えられない客は外村君を指名から外すのかもしれない。

外村君の先輩たちの調律の考え方も様々で、相手に合わせて調律を変えるもの、一般家庭にプロ用の調律はかえってミスマッチになるから一定のパターンにした方が良いという人。自分の今の気分に合わせた調律を求める人。いつもと同じ状態を求める人。

それぞれがそれぞれの経験を得て築いた調律のスタイル。めいっぱい美しい音を出せるようにした方が良いと思っていた外村君だが、先輩たちの価値観に触れて、自分はどうだろうとグラグラする。
そこに、ふたごの姉妹のピアノに出会い、彼女のピアノが美しいと感じ、しかし彼女が上手く弾くためだけの調律では聴衆に彼女のピアノの本当の素晴らしさは届かない、と気づく。

彼の幸運(実力)は、上手くなりたいという意志が強く行動できること、双子に会って肩入れしたいピアニストができたこと、変にこだわりがないから悩みながらも沢山の事を吸収できること。だと思う。

どんな仕事でも、仕事に対する熱意や方法は人それぞれで、いつも同じ仕事はない。
ああすれば良かったという教訓や、上手くいった成功パターンから、人は成功のための公式を求めて試行錯誤する。
自分がやりたい仕事と求められている仕事の折り合いをつけるのはいつも難しくて、イコールになることってあまりない。
でも、本当は正解方程式なんて無くて、結局客が求めているものを提供できているか、ということなんだろうな。

レビュー投稿日
2019年4月29日
読了日
2019年4月29日
本棚登録日
2019年1月24日
6
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