久しぶりの加納朋子氏。
『ななつのこ』シリーズの、あの優しくどこか懐かしく、ときめきのある作品が好みだ。


今回の物語を表すのには、解説の北上次郎氏の下記の言葉がまさしくだろう。
‘ひとつだけ書くことができるのは、これは運命と戦う者の物語だということだ’(P326)


奇天烈な行動をする幼なじみの女の子を放っておけない、優しい熊さんのような男の子が語る「フラット」と、その奇天烈な女の子の行動理由が判明する「レリーフ」の前後編。

ネタバレになってしまうが、これはファンタジーだ。
ある能力とそれ故の葛藤も、よくある設定といってもいいだろう。

幼なじみの男女の日常を描いていると思ったら、後半、どんどんと不穏になる展開。

加納氏の作品ならば、悲劇のはずがないと思いつつも、最後まで悲劇に向かって物語は進む。


ありきたりな言葉だが、誰だって、運命と戦っているのだ。
そして、特別な能力を持っていなくとも、人はヒーローになれる。
一人でないという強さ。

相田みつを氏の詩を思い出した。
‘あなたにめぐり逢えて ほんとうによかった
中略
ひとりでもいい こころから そういってくれる人が あれば’
一人でもいいんだ、理解し、手を差し伸べてくれる人がいれば。

一人で頑張ってきた彼女の未来に、誰もが祝福を与えたくなるだろう。

2021年9月28日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2021年9月28日]
カテゴリ 幻冬舎文庫

今ほど、読了。
書店のポップや帯にて、絶賛されていたため気になり購入。
初須賀しのぶ氏の作品である。

ファンタジーのイメージが強い氏だったが、朝井リョウ氏の解説を読むと、「骨太な歴史小説」や「瑞々しい青春を描く現代小説」(高校野球小説)等も執筆される、「〝書けないものない系〟の書き手」だとか。
(朝井氏の、同じ書き手目線の解説も、非常におもしろく読め、良かった)


「骨太な歴史小説」に当たる本作。
1989年、ベルリンの壁崩壊の年に、東ドイツへ音楽留学した日本人青年が、一癖も二癖もある音楽家たちや素晴らしい音楽に出会い、時にスランプに陥り、時に歴史の波に翻弄され、それでも音楽の魅力に圧倒される。


今や歴史となりつつある、ベルリンの壁崩壊。
東ドイツの灰色の町並み。静かな反乱と西ドイツへの憧れ。死をも恐れず、自由を求めて壁を越える難民。

シュタージと呼ばれる国家保安省の密告者がどこに潜んでいるかもわからない世界は、ジョージ・オーウェルの『一九八四』をも彷彿とさせる。

まさに「革命前夜」の渦中で暮らす東西ドイツの人々を、留学生という立場で客観的に捉えていた青年が、出会った人々や音楽を通して巻き込まれていく様は、読み進めずにはいられない展開だった。

そして終盤の、ある事件の真相が二転三転する結末は、時代と音楽に翻弄された人の罪と罰を描いており、切ない。

人生をかけて留学している自分と、帰る場所のある日本人留学生の主人公とでは覚悟が違うと、他の留学生に言われる場面がある。

現代日本に生きる自分とは、尚更違う境遇のため、理解できるはずがないと詰られるかもしれないが、それでも、その時代に生きた人々の想いの一端と、圧倒的な音楽に触れたような気持ちになれた。


数々のクラシックの名曲(であろう楽曲)が登場した本作。
惜しむらくは、音楽の知識が自分になかったことだ。もしあれば、より彼らの感じたものが理解できたかもしれない。

2021年1月31日

読書状況 読み終わった [2021年1月31日]
カテゴリ 文春文庫

一週間ほど前に読了。

ファンタジー好きとしては、帯の「『高慢と偏見』×ドラゴン」の文字が気になり手に取る。

読後第一の感想は、まさに! だった。


訳者あとがきに

「著者の執筆のきっかけとなったのは、『ヒックとドラゴン』を観ながら『高慢と偏見』の本を読み返そうとしたことだったという。途中でいきなり〝ドラゴンを駆るミスター・ダーシー〟のイメージが浮かび、 ―後略―」(p446)

とあるので、著者の意図が見事に表現されているのだろう。

ドラゴンをはじめ、ファンタジー小説ではお馴染みの、グリフォンやワイヴァーン(飛竜)、ホブゴブリンが登場する世界。

「ナクラ」などこの世界観独特の身分制度? やヒーローの周囲の人間関係など、やや唐突に登場し、説明のないまま雰囲気で読んでしまったところもあるので、翻訳ファンタジーに慣れていない方には若干読みづらい部分もあるのではないだろうか。

出会ったときは高慢ちきだと思っていた(この表現もいかにもな表現である笑)龍の騎手(ドラゴンライダー)の青年への思いが、主人公の中でどのように変わるかが丁寧に描かれる。
第一印象は大事だが、偏見とはいけないものだ。

青年のなんとももどかしい告白も個人的にはツボである。
恋の行方が気になり、読書中は二人の場面を心待にしてしまった。

ヒロインの地方荘園の事務官の次女が勇敢に戦う場面があるところは、『高慢と偏見』と異なる、ファンタジーならではかもしれない。
ヒロイックファンタジーでもあるのだ。

本国では、2018年秋に同じ世界を舞台にした新作が出版されることも決まっているとか。

今作の登場人物たちは絡んでくるのか?
翻訳されたらぜひとも読んでみたい。

2018年7月24日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2018年7月24日]
カテゴリ 創元推理文庫

ずっと気になっていた作品を昨日読了。

アメリカ探偵作家クラブ賞、英国推理作家協会賞受賞、このミステリーがすごい! 2013年版海外編第1位受賞作品。

ミステリ系の賞を受賞しているので、最終的に何かどんでん返しがあるのかと思ったが、そこは想像と違った。

過去と現在を交互に語ることで、なぜ少年が話せなくなったのか、なぜ解錠のスペシャリストとなったのか(原題『THE LOCK ARTIST』)が語られる。

裏社会と関わることになるので、血なまぐさくハードボイルドな一面もあるが、主人公の青年の繊細な心理描写が印象的。

特に恋する彼女と絵で語り合う部分が切ない。
彼の今後の幸せを願いたくなる終わりだった。

ある書評で、嵐の二宮くんに主人公を演じてもらいたいと書かれていたのを不思議と覚えている。

2018年6月12日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2018年6月12日]
カテゴリ 文庫

一昨日読了。
階段島にまつわるシリーズ第5弾。

だんだん話がややこしく、まどろっこしくなってきた。
魔女とは、魔法とは一体なんなのか。

何でもできるからこその悩み。

各々の思う魔法の一番良い使い方と、責任感についてと、大人と子どもとはなにかということの話だったように思う。

歳を重ねたからこそ分かることもできることもあり、若いときにしか、若いからこそできることもある。
若気のいたりというのももちろんある。

魔女の気持ちと大地の母親の過去まで絡み、最後で一先ず前進とも言える案が提示されるが、安達の思惑はまだわからない。

正しい答えがないものに、どう決着を着けるのか。
島と現実の行く末は。
物語はまだ続く。

余談だが、島でどんなに何かが起こっても、何を考えても、現実にはなんの影響もない。
全てが一人の少年、あるいは少女の妄想ではないとも言い切れない話であるとこに気づく。

2018年4月18日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2018年4月18日]
カテゴリ 新潮文庫

昨日読了。
あきない世傳 金と銀シリーズ五巻、転流篇である。

今巻も幸の商いの知恵がさえ渡る。
『買うての幸い、売っての幸せ』の言葉を胸に、お客様が求めるものを考え生み出す力は、流行すらも作ってしまう。

転流とはまさに。
図らずもできた分店。
看板商品と江戸への夢。
ようやく幸せな夫婦生活を送れると思った矢先の不幸と暗雲。

糾える縄のごとくやってくる禍福。
誰かが誰かのためにかける思いやりに溢れる言葉が、想いが、年々弱くなる涙腺を刺激する。

さぁ次巻、いよいよ舞台は江戸へ移るのか?
幸の運命はどこへ流れていくのか。
巻末「治兵衛のあきない講座」でも触れられていた「みをつくし料理帖」の特別巻にも期待。

2018年3月28日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2018年3月28日]
カテゴリ ハルキ文庫

評判はかねてより聞いており、待望の文庫化。
少し前に読了。

静かな、熱い作品だった。
恩田陸氏が『蜜蜂と遠雷』のインタビューで「小説と音楽は相性が良い」というような話をどこかで述べられていたことを思い出す。

一瞬で人生が決まる瞬間もあるのだろう。
小さな町に素晴らしいピアノ調律師が居ること。
高校生の主人公がたまたまそのピアノ調律に立ち会ったこと。
同じ職場で働けること。
運命的に出会い、情熱が道を開く。

ピアノという楽器は幼い頃より知っているが、そうかあれは羊と鋼でできているのか。

「下の名前がなく、外見の記述もいっさいない、濃い輪郭線を引かれない、そんな主人公」であることに、佐藤多佳子氏の解説で気づく。
それでも、こんなにも鮮やかに彼の個性が感じられる。

先輩の語る「無欲の皮をかぶったとんでもない強欲野郎」(135p)という彼への評が言い得て妙だ。

音の森を、羊と鋼の森を、根気よく、一歩一歩、歩き続けるだろう主人公。

例えば歴史的超大作やハリウッド映画のような、なにか劇的な、血湧き肉踊るようなことが描かれているわけではない。
(一人の青年やその周囲にとっては、劇的で特別なことではあるが)

ただのピアノ調律師の青年の日常と言ってしまえばそれだけである。

が、しかし、一つの物事に打ち込む尊さの詰まった物語は、胸に響く言葉ばかりだった。

2018年3月18日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2018年3月18日]
カテゴリ 文春文庫

忘れぬように、読書記録を再開。
少し前に読了。

前々から気になっていた作家だが、恥ずかしながら初読。
流行に乗ってしまったと思われても仕方がないタイミングでの購入。

二十世紀半ばのイギリスの老執事が、旅をしながら半生を振り返る。

主人公の性質上、語り口調が非常に丁寧(ときに丁寧すぎるほど)で、訳文は少々堅苦しく、読みづらさが感じられるところもあった。

しかし、読み進めていくうちにそれはあまり感じなくなる。
旅する中で出会うイギリスの田園風景の描写の美しさ。語られる新しい主人、仕事、環境への戸惑いや、過去の主人への盲信ともいえる忠誠と執事としての誇り。

主人公が自分にすら隠してきた、隠している心を、物語半ばから読み取ることができる。

できるならば、過去を否定したくはない。
それが自分が信じ、誇りをもって行ってきたことならばなおさら。
自らの幸せすらもすなげうって、すべてを捧げてきたものならなおさら。

最後、唯一見せた主人公の涙に、切ないものが込み上げる。

原題は、“THE REMAINS OF THE DAY”。
『日の名残り』という邦題も秀逸であると感じる。

物語のラストは、主人公が夕暮れの海を眺める場面。

黄昏時とは、不思議と哀しくなる時間である。
今日という欠けがえのない、もう二度と取り戻すことのできない時間の終わり。

しかし、それだけではない。
例えばそれがつらく苦しい一日ならば、それも終わること。
僅かばかりの残された時間を楽しむこと、そんな希望を持つことなのだから。

後ろばかりを振り向いてはいけないと、切ない中にも希望の垣間見える読後感。

2018年3月18日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2018年3月18日]
カテゴリ 文庫

職場の同僚の方に薦められて読んだ一冊。
以前テレビアニメで放映されたことがあり、2016年にはアニメ映画が上映されるとか。

本作が、児童文学界ではその名を知らぬ者はいない斉藤洋氏のデビュー作だったとは。

変わったタイトルだなと思っていたが、名前がイッパイアッテナとはなるほど。
強くて博識、文字の読み書きまでできるイッパイアッテナがとにかく格好いい。
ルドルフの名前の由来などを知っているところをみると、世界の歴史にも精通している。

純粋で一生懸命で、飼い主やイッパイアッテナを慕うルドルフが、外の世界と関わったことで成長する姿も微笑ましかった。

関係ないが、ルドルフが自分の飼い主の家の場所を発見するのが、テレビで見ていた甲子園関連の映像からというのも個人的にはツボだった。

続編も何作か出ていることから想像もできたが、あんなに飼い主のことを思っているルドルフを思うと、早く元の場所に返してあげたいとも考えてしまう。

2015年8月8日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2015年8月8日]
カテゴリ 講談社文庫

職場の先輩が気になる本として挙げていた作品の一巻。
今しがた読了。

全三巻の序章という赴きが強いだろうか。
一先ずの問題事は解決したが、主人公たちの未来にはまだまだ困難が待ち受けていそうだ。

海外の児童文学の多くがそうであるように、児童向けではあるが政治的な側面や生きるとこの厳しさ、正義の有りがたさなどがしっかりと描かれている。

彼の最後の助けが、今後にどう影響するのか。
彼の決意が、いつか彼の、彼らの首を絞めるのかもしれない。
なにかを行えば常に、その行動で起こりうる未来にも責任を持たなければならないのだろう。

意見が違うからといって、敵であるとは限らない。
しかし、お互いに譲れないものがあるのなら、いつか相対しなければならないときがくるのだろうか。

ひとつの町での生活しかしらなかった少年が、旅の末になにを見つけるのか。

2014年12月22日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2014年12月22日]
カテゴリ 単行本

最終話を気に入ると、その短編集全体がとても良い印象になる。
これは、恩田陸氏の『常野物語』を読んだ際に一番強く感じたことだ。

以前、アンソロジーの中の一作として読んだことのあるジャック・フィニイ氏。
職場の先輩に薦められ、本日読了。

表紙や訳の影響かもしれないが、起こる出来事や描写が、全体的にノスタルジックな、“古きよき”とでも表現したくなるような物語だという印象を抱いた。

全十篇。


ゲイルズバーグの春を愛す
I Love Galesburg In the Springtime

表題作。
“街に恋をした”という表現が印象的だ。
そんな人の想いが募り、過去と繋がったのだろう。
そして、想いだけでは止められない時代の流れというものも確かに存在する。
なにとなく物悲しさが残るラスト。


悪の魔力
Love, Your Magic Spell Is Everwhere

男の、あるいは人間の願望がすべて込められたかのような、理想の機器が登場する。
思わず笑ってしまった。
最後はもちろん、主人公の思い通りにはいかない。
不思議なものを売る裏道のとある店ということで、昔やっていた某アニメを思い出した。


クルーエット夫妻の家
Where the Cluetts Are

表題作もそうだが、街や家、モノに宿った想いによる不思議な力を描いている。
“忘れ去られた人びとの喜怒哀楽と愛情から生まれた家”(91p)の物語。


おい、こっちをむけ!
Hey, Look At Me!

唯一、ホラーテイストな部分があった。
自分がここにいた証を、どのように残すか。
墓の請求書に関しては、随分ちゃっかりしているではないか。


もう一人の大統領候補
A Possible Candidate For the Presidency

要領のいい人間はいるものだ。
チャーリー然り、主人公然り。
見せ方ひとつで、天才にも偉人にもなれるのかもしれない。
そういう才能もある。


独房ファンタジア
Prison Legend

簡単な単語なので意味が容易に理解できたからか、原題が好みだ。
彼の絵は、彼の身に起きた出来事は、まさしく“Legend”になるのだろう。
そんな絵をぜひ見てみたい。
それにしても、今の若者は“典獄”(監獄の事務を行う役人)という言葉を知っているだろうか。


時に境界なし
Time Has No Boundaries

冒頭の教授の容姿に纏わる語りが嫌いではない。
『レ・ミゼラブル』のジャヴェールを引き合いに出しているのもおもしろかった。
さぞや恨みのこもった眼差しだったことだろう。


大胆不敵な気球乗り
The Intrepid Aeronaut

こんな風に空を飛んでみたい。
二晩だけの秘密の気球乗り。
最後のレニダス夫人の自己紹介も洒落ている。


コイン・コレクション
The Coin Collector

今でいう、パラレルワールド。
こういう世界の行き来の仕方もあるのか。
コインとの出会いがあればいつでも行ける世界。
自分だったら、戻れなくなったら怖いのでとても軽々しくは行けないだろうが、日常に飽きている人にはうらやましい設定なのやもしれない。
存外コミカルな話だった。


愛の手紙
The Love Letter

ありきたりかもしれないが、ロマンチックで好みだ。
朱川湊人氏の「栞の恋」(『かたみ歌』収録)を思い出した。
もう開けたところには、決して入っているはずはない。
矛盾はないが、切ないな。
読み終えたあと、表紙のイラストを見...

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2014年12月18日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2014年12月18日]
カテゴリ 文庫

先ほど読了。
「PK」、「超人」、「密使」の三篇からなる。
が、そこは伊坂氏。
解説で大森望氏が「これは中篇集なのか、それとも長篇なのか?」と述べているように、三つの作品がそれぞれ奇妙にリンクしている。

視点がかわるテンポがはやいので、また、SF要素も多く入っているので、それが苦手な人にはおすすめできないか。

「密使」のみ、河出文庫のアンソロジー『NOVA5 書き下ろし日本SFコレクション』にて既読だった。
単独で読んでも、伊坂氏がタイムパラドックスや時間SFを描くとこうなるのかとおもしろく読めたが、それがこう繋がっているとは。

「PK」を“psychokinesis”(サイコキネシス)とすると、すべて特殊な能力を持ったモノというタイトルか。
(「PK」はもちろん、多くの人間が想像するであろう「ペナルティーキック」という意味ともかかっているが)

もしかしたら以前も書いたかもしれないが(近年の伊坂氏の作品を読むと必ず思うことだからである)、『あるキング』や『SOSの猿』あたりから、いわゆる伊坂氏の第二期と呼ばれる時期になってから、伊坂氏はなにかを全力で救おうとしているような気がする。
(あるいは、解説の最後に引用されているエッセイの一部を読むと、救う存在は確かに居るのだと伝えられている気がする)

それは苛められている少年かもしれないし私たち読者かもしれない。もしくは世界や未来といったとてつもなく大きなものを。

「作家の影響力なんて高が知れているでしょ」(P30)
と記述しながら、抗いきれない大きな力の存在を描きながら、それでも
「簡単だよ。何をしても、大きな影響がないんだったら」
「子供たちに自慢できるほうを選べばいいんだから」(P60)
と登場人物たちに勇気ある選択をさせる。

作中何度も登場するある心理学者の言葉の引用「臆病は伝染する。そして、勇気も伝染する」というものに、著者の思いが込められているように感じる。

そして、世界を救うために『絶望的な変化』を受け入れざるをえない人間すらも、救ってしまう。
もちろん誰も犠牲にならないのが一番だが、世界を救うために、たった一人の犠牲で済むなら、という考えもあるだろう。
だが、自分がその一人に選ばれたら?
伊坂氏は、その一人ですらも救ってしまう。

正直、初期のころのさりげなく大きなことを考えさせる作風のほうが、好みではある。
しかし、ならではのウィットに富んださりげない言葉たちや作品から感じられる思いが、続きを読もうとさせる。

日常生活では憎まれ役のあの昆虫、『魔王』風に言うなら“せせらぎ”が、世界を救うという設定もニヤリとさせられる。

2014年11月25日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2014年11月25日]
カテゴリ 講談社文庫

昨日読了。
以前から何度か面白かったと評判を聞いており、最近職場の若い方に改めて話を聞いたため今更ながら手に取った。

先輩の食事については前情報を得ていたので、それほど違和感なく読めた。
平凡を求める主人公の姿や主人公たちの過去を最後まで明かさないのは、この時代の若者を描いた作品の特徴なのか、まま目にする。

本作が太宰をモチーフにしているからか、存外重めの雰囲気だった。
人と違う自分、生きていることと死ぬことはどちらがつらいのか。
テーマにする作品によって、雰囲気は変わるのだろうか。

文学に対する熱は嫌いではない。
今まで全く興味はなかったが、太宰が読んでみたくなった。

ただ、先輩の交渉シーンは若干あからさまか。
ツンデレクラスメートは今後さらに関わりがあるのか。
先輩にも何か過去が?
機会があったら続きを。

2014年11月19日

読書状況 読み終わった [2014年11月19日]
カテゴリ 文庫

そして彼女は26歳になった。
5人の仲間は彼女と彼だけに。

管理されているはずだったバケネズミのコロニー。
人間は彼らをあまりにも軽視しすぎていたのか。

はじめから彼女の親友のことが語られていたので、彼女が生きているのかと思ったが、こういうことだったのか。

彼女のピンチに心に現れる彼、顔のない彼の存在が切ない。
切なすぎるが、思い出せてよかった。
数々の犠牲を払って、物語は終局。

明らかになる、バケネズミの生物としての起源。
人間の残酷さ。
あの炎が象徴している、未来へ続いていく何かとはなんだったのだろう。

物語の終わりの時代でも、きっと子どもたちはドボルザーク『新世界より』の第二楽章、日本で「家路」「遠き山に日は落ちて」の名で知られる音楽を聞いて家路に着くのだろう。

2014年6月16日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2014年6月16日]
カテゴリ 講談社文庫

ミステリやSFは嫌いではないが、スリルやサスペンス、スプラッタものは正直苦手だ。
この作品も、それらの要素が多分に含まれている。
だが、彼らの未来が気になり、読み進めてしまう。

呪力のない人間は無力。
人間に忠実なバケネズミも信頼はできない。
なんとか逃げ延び、仲間と再開。そして二年。
十四歳。

ボノボについては知っていたので、男性同士、女性同士の親密さは、なるほどこういう世界になっているかもしれないと思わせる。
しかし、個人的に主人公の初恋を応援していたのだ。

頭もよく力もあり、性格もよい。
その少年が、なんて惨い。
彼の最後の告白が忘れられない。
卑怯じゃないか。そんな場面で言うなんて。

そして、忘却の日々とさらなる別れ。
主人公の強さは、はじめからあったものだろうか。
たとえ偽りでも、周囲からの期待、それによる自分自身への想いが、彼女を強くしたのかもしれない。

バケネズミへの言い知れぬ恐ろしさ。
顔のない少年の助言の意味とは。

関係ないが、同著者の『悪の教典』もさぞや恐ろしく禍々しい描写がなされているのだろうと想像。

2014年6月15日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2014年6月15日]
カテゴリ 講談社文庫

これを本当にアニメ化したのか。

昨年、著者の作品が続けて映像化されていたので、一足遅れて流行に乗ってみる。

千年後の未来。
主人公の女性が、幼少期から十年前までのことを手記に記す形式で物語は語られていく。

閉ざされた町、不可思議な生物、恐ろしい伝承、「呪力」という名の人間の超人的な力、徐々に明らかになる奇妙な風習。

特に、バケネズミやミノシロモドキなどの、この時代独特の生物の描写がおぞましかった。

中盤での動く図書館との出会いによって、子どもたちの運命は動き出す。
この世界の過去にはなにがあったのか。その片鱗を聞くことになる。

暗い穴の中で追い込まれる場面は、手に汗握る。
一難去ってまた一難か。
中編に続く。

2014年6月14日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2014年6月14日]
カテゴリ 講談社文庫

新潮社文庫のアンソロジー『Story Seller』シリーズに上梓されている著者のロードレースの物語に胸打たれ、ずっと気になっていた作品、の続編。
最近同僚との話題にのぼり、本シリーズ初巻『サクリファイス』を読了、続けて本作を手に取る。

読んでいる間、フランス、そしてスペインの風を感じていた。
登場人物たちと同じように自分も感じるこの、緊張とも興奮ともいえる胸の高鳴りがたまらなくいい。
(本を読んでいるだけで、こんなにもワクワクできるから、出不精になってしまうのか)

ツール・ド・フランス出場の中、ただ一人の日本人。
つかの間の栄光、先行きの見えない不安、しかし後戻りするわけにはいかない前作の「あの人」をはじめとする人々の存在。
それぞれの選手が、決して軽くはないものを背負っている。

この「過酷な楽園」にいられることこそ「至福」。
胸が熱くなるじゃないか。
彼らは、どんなに苦しくとも「楽園」を目指してしまうのだろう。

2014年6月10日

読書状況 読み終わった [2014年6月10日]
カテゴリ 新潮文庫

新本格ミステリの先駆けとなる作品ということで、前々から気になっていた作品。
恥ずかしながら、著者も初読。

いわくつきの孤島で、大学のミステリ研の仲間が次々と殺されていく。
設定は非常にシンプルで、今ではオーソドックスとなっている孤島ものといえるか。

メンバー同士の呼び名、『そして誰もいなくなった』を彷彿とさせるかのようなストーリー、ミステリ好きは思わず反応してしまうだろう。

結末は、なるほどそうきたかと。
ふたりの呼び名を、自分も島田君と同じように考えていた。

良心の行方の顛末やミステリ部分もさることながら、メンバーひとりひとりがじわじわと殺されていく様が恐ろしかった。

巻末には、「新装改訂版あとがき」と鮎川哲也氏による「旧版解説」、戸川安宣氏による新「解説」がついているのも豪華。
今昔変わらぬミステリ好きの熱き想い(と著者の奥方への深い尊敬の念)が感じられる。

2014年6月9日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2014年6月9日]
カテゴリ 講談社文庫

本日読了。
日本ではタイムトラベルSFの中でも人気が高い作品と聞き及んでおり、前々から気になっていたもの。
夏が来る前に読了したいと思っていたので、良かった。

しかし、「夏」という季節はあまり関係なかったようにも思う。
凍える冬に願う「夏への扉」=つらい現実の外へ抜け出す「幸せな未来への扉」ということだろうか。

1956年に書かれた本作は、1970年から2000年~2001年が舞台。
ジョージ・オーウェルの『一九八四』もそうだが、近未来を想像して書かれた描写と現代を比べてみても面白い。
(まだ“映画”という呼び名だが、近いものはできているではないか)

訳者あとがきで「そこに使われたタイム・パラドックスが、とくに新手というわけではなし、タイムマシンがニューモードなわけでもない」(371p)と語られたり、解説で「一回こっきりの過去へのタイム・トラヴェルでは時間SFの醍醐味はないし、タイム・パラドックス的な面白さに無頓着なのが、残念」(379~380p)と述べられたりしているように、SF作品として凝った作品を期待していると、拍子抜けするかもしれない。

だが、訳者が絶賛するように、技術者としての才能がありながら、信頼していた人物に裏切られ、頼るべきもののない未来へ過去へ訪れても、地道に努力し、人を信じ続ける主人公ダン・デイヴィスは、まさしく愛すべき人格の持ち主だ。
(おまけに、愛猫家というところも良い。主人公の飼っている愛猫・ペトロニウス、通称ピートもなかなか良い性格をしている)

世の中、自分の才能を、他人を、信じたもの勝ちなのかもしれない。


関係ないが、直前に読んでいた小説『夜の写本師』乾石智子(創元推理文庫)にも、手ひどい裏切りにあう描写があった。
読みながら、裏切りは男女関係ないのだなと妙に実感する。


久方ぶりに、ブクログる。
仕事や気分によりどうなるかは分からないが、また読書日記を続けていけたらと思う。

2014年5月31日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2014年5月31日]
カテゴリ 文庫

随分前に読み終わっていたが、仕事がばたばたしていたため遅れてしまった。

女性作家のアンソロジー『最後の恋』第一弾、第二弾の次は、MEN'Sときたか。

やはり、男のほうがロマンチストじゃないかと。

僕の船 伊坂幸太郎
お馴染み、黒澤が探偵として依頼を受けた人探しの話。
「水平リーベ僕の船」こんな呪文を唱えながら勉強したのはいつのころだったか。元素記号の意味は忘れても、この音は口ずさめる。
内容としては、なんとなく察しはつくのだが、まさかそんなところで元素記号を絡めてくるとは。
一歩間違うとすごく甘ったるい物語になりそうだが、淡々とした黒澤がすっきりとした物語にしている。

3コデ5ドル 越谷オサム
海外の人から日本人を見たら、どう見えるのだろうか。
毎日花を買いに来る日本人の客に恋をしたジョン。
名前を勝手に付けて呼び、日本語を必死で覚えようとして…。可愛い少年だな、まったく。
ねくすと・いやーはどうなっているのか。

水曜日の南階段はきれい 朝井リョウ
話題の作家だが初読だ。なるほど、才能があると絶賛していた方がいたなと思い出した。
彼女が登場したあたりから、途端に物語はおもしろさを増す。受験、文集、入試。学生の頃はなぜ起こるひとつひとつの出来事すべてが眩しいのだろう。それを思い出させる文章。
水曜日の南階段はいつもきれい。それは彼女が掃除をしているから。
数年後、彼が歌っている姿が目に浮かぶ。

イルカの恋 石田衣良
思えば石田氏の作品はご無沙汰だったか。いつもIWGPシリーズを読みたいとは思っているのだが。
読んでいて思い出したが、自分は生々しい表現があまり得意ではないのだなと。小説で書かれるとどうも。女性作家のアンソロジーもそこがだめだったのか。
純度の高い恋愛を描いていることには変わりないか。

桜に小禽 橋本紡
ひとつのカップルが別れる。そんな場面は世の中にありふれている。だが、失ったものほど記憶に残るのだろう。手に入らなかったからこそ、最高だと思える。
不幸だったわけではない。楽しい思い出も多い。それでも、うまくいかないときはある。
もう二度と会わないかもしれない。一度はともに暮らしさえしたのに。不思議なものだ。

エンドロールは最後まで 荻原浩
ひょっとしたら荻原氏も初読か。お噂はかねがね。今度何か読んでみようか。
自分もエンドロールは最後まで見るほうだ。最後まで、なにがあるかわからない。そう、自分が諦めていたとしても、何かが起こるときは起こるのだ。
信じて、疑って、信じたいと思って、信じきれなくて。人間って大変だな。
まぁ、ムリブワンジ! まだまだエンドロールじゃないんじゃないか?

七月の真っ青な空に 白石一文
白石氏も初。駄目だな、名前だけ知っていても。
長く生きていなくても、二十年、三十年それだけの間で結構いろいろあるものだ。自分にあったんだから、もちろん他人にだってあるのだろう。
なにがあっても、生きていればなにかが起こる。悲しみは癒えずとも、喜びがなくなるわけではない。
キーボーがいるからな。

男性作家の方が明るい終わりが多いような気がするのは気のせいか。
ハッピーエンド好きの自分としては今までのシリーズで一番好みだったかもしれない。 

2012年6月25日

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読書状況 読み終わった [2012年6月25日]
カテゴリ 新潮文庫

先週末読了。辻村氏のヤングアダルト向け作品。

全三話収録。
なんと前二話は進研ゼミに掲載されたという物語。なるほど主人公は中学生だ。

約束の場所、約束の時間
中学二年生。昔から、転校生という言葉には不思議な魅力があるのだろう。

知ってしまった転校生の秘密。
転校生と仲良くなったことで、部活動への思い、将来の道、今まで見えなかった想いが見えてくる。

サクラ咲く
中学一年の本好きの女の子が主人公。

新しい友達、恋の予感。しかし一つ気になることが。
それは本の中にメッセージ。自分と同じような悩みを抱えている人物の存在。

いつしか二人は本の中で文通を。朱川氏の短編にもあったが、本を使って文通などなんて素敵な!と本好きにはたまらない設定。

手紙の相手は一体…??
謎解きがメインではなく、友達の大切さを優しく訴えてくる作品。

世界で一番美しい宝石
主人公は映画部発足に燃える高校二年生の男の子。
主演女優にと望んだのは、図書館で見つけた美しい先輩。

先輩の過去と出演条件に出されたある本の捜索。

学校は一体誰のものか。クラスの中心にいるような人たちだけのもの??
中心になんていなくとも、何かものすごいことができなくとも、少し勇気を出すことで、きっと世界は輝くはず。そばには信頼できる友が居る。

辻村氏の十八番、最終話には、三話読んだ人は思わず嬉しくなる登場人物たちが。そうか、そうなったのか。


光文社のこのヤングアダルト向け「BOOK WITH YOU」というシリーズは、あさのあつこ氏や宮部みゆき氏などなかなか豪華なラインナップである。

2012年4月18日

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読書状況 読み終わった [2012年4月18日]
カテゴリ 単行本

三月末に読み終えた一冊。明るい話が読みたいと思い手に取ったが、う~む、まるっきり明るい話ではなかったか。

救いが必要だった女性の話であった。
序章のOpenを含め、全五章、今巻は一冊が一つの長編となる。

一巻からの面々も相変わらずの登場で。
いないにも関わらず美和子さんの存在感が非常に大きい。それだけ素敵な人なのだろう。

波乱を巻き起こす女性の登場。
どうしようもなく他人の救いが必要な時もある。本人は自覚していなくとも。
そんな時に、ためらうことなく助けてしまえることが格好いいな。その力があることも。

彼女は最後にはきっちりと恋泥棒の役割を果たしていく。彼の想いの強さの勝利だろうか。
個人的には、もう一人の彼女と地元の彼のその後も気になるところ。

しかし、本当の意味で皆の心を盗んでいるのは、高校生の彼女だろう。

そんな彼女にまつわる残された一つの謎。どうやらまだパン屋での騒動は続いていくようだ。

パンやお菓子が食べたくなってくる。

2012年4月5日

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読書状況 読み終わった [2012年4月5日]

一度雑誌掲載されているのだったか見た記憶にあり、何となく気になり読了。

誰もが振り返るような美少女である七竃少女が主人公。
不思議と哀しい話だった。

辻斬りのように
一話 遺憾ながら
二話 犬です
三話 朝は戦場
四話 冬は白く
五話 機関銃のように黒々と
六話 死んでもゆるせない
五月雨のような
七話 やたら魑魅魍魎
ゴージャス

から成る。
視点は様々。少女と彼女の周りにいる人々(+犬)。

七回竃に入れても燃え残ることがあるという七竃。
彼女は、普通の女子高生だ。鉄道が好きで、お洒落にはあまり興味のない。どこにでもいる女子高生なのだろう。
美しすぎる顔と、哀しい恋心を除けば。しかし、どうあっても除けないそれらが彼女を苦しめる。

彼女はいつか、全てを許せなくとも、「すこぅしだけ」なら許すことができるのだろうか。彼女の母を、運命を。
そういう意味では、娘と母の物語ともいえる。

最後の「ゴージャス」は、彼女の未来を描いているのか?
七人の大人がどのように可愛そうなのかを確かめてもらいたい。

関係ないが、今作ではサンボマスターの歌からの引用がある。前に読んだ桜庭氏の作品には、確か浜崎あゆみの歌から引用があった。現代の歌を作中に織り交ぜるとは珍しい。

2012年3月22日

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読書状況 読み終わった [2012年3月22日]

途中他作品を読みつつも、四日程前に読了。
有川浩氏が、還暦のおっさんたちを主人公に描く。

全六話+特別収録「ラジオビタミン 児玉清の読み出したら止まらない2009年5月8日放送分より」
解説は中江有里氏。

阪急電車解説、文庫版図書館戦争巻末で対談など、度々有川作品との関わりがある児玉清氏が最も愛したと言われる今作。
あとがきで書かれている児玉氏とのエピソード。ラジオの内容。本当に作品に対する愛が伝わってくる。

愉快痛快とはまさに。
今の還暦は携帯も使いこなせばお洒落も気にする。そして若者にはない度胸も器量も持ち合わせている。
自分の周りにもこんなおっさんいてほしい!

主人公の還暦過ぎの「おっさん」三人を、作中常に「三匹」と表現している。若いころの「三匹の悪ガキ」がそのままおっさんになったのだ。

そんな三匹が町で起こる事件を解決するために奔走。最初は相容れなかった孫(高校生)と仲良くなっていく様がまたいい。
今風の高校生も、格好いい「おっさん」には勝てない。

あとがきで有川氏は、「時代劇を現代でやったらどうなるか」とも思いつつ書かれたと述べられている。
勧善懲悪、しかし人情にも厚い。
そしてそこは有川氏、孫の高校生の恋愛話も絡めてくる。

「三匹のおっさん」のように年をとるのなら、年をとるのも案外悪くないと思えてくる。

2012年3月22日

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読書状況 読み終わった [2012年3月22日]
カテゴリ 文春文庫
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