大津波と原発

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georgebest1969さん  未設定  未設定

突貫工事で作った本らしく、小振りで「荒さ」が見られるけれども内容は実に納得の本だった。

今回の事故のゴタゴタは、何が何でも原発はクリーンで安全であるというファンダメンタルな推進派と、何がなんでも原発は危険だというパラノイックな反対派と、そして僕の様な無関心派の三者による共犯であると僕は思っている。東京電力の魔窟とか利権と政治のゴタゴタという彼岸のせいにしてはいけないと思う。「俺は関係ないけど、あいつらが悪いんだ」という口調を用いるのは躊躇される。

原発のリスクはリアルなものである。ただし、どの位のリスクなのかはイマイチ判然としない。ものがものだけに充分な臨床データが存在しないからだ。それは(たいていのリスクがそうであるように)「程度」の問題となる。

日本の「大人たち」は程度の問題を議論するのが非常に苦手である。

泣いている赤ん坊がいるとき、ずっとほったらかしておくと人間不信やトラウマの原因になるかもしれない。かといって3秒以内に必ず応答という極端なことをやっていると、ついにはわがままな了見を生んでしまう可能性がある。故河合隼雄は生後間もなくは泣けばすぐ対応してあげ、信頼感をつかんでから教育をと語っているが、その境界線ははっきりしない(個人差もあろう)。この「塩梅」を探るのが大人の営為である。なのに、多くの人は「すぐだっこvsほおっておく」みたいな対立構造を作りたがる。

「ゆとり」と「つめこみ」の教育論でも、多くは「ゆとりか、つめこみか」という二元論で語ってしまったために、ついに「どのくらいの塩梅でゆとりを、そしてつめこむのが妥当か」という妥当な境界線探し、大人の議論は胡散霧散してしまった。

原発も放射能も、善か悪かという二元論ではなく、どの程度まで許容可能かという塩梅探しになる。手持ちのデータでは、その境界線は非常にマーキーだ。

その不確定性の瑕疵を素直に認めることから始めるべきなのに、ここでも同じ様に放射線大丈夫派とパラノイックな放射線危険派の不毛なケンカが続いている。これじゃ、さっきの原発議論と同じじゃないか。どうしてなんどやっても同じ構造で議論を繰り返すのだろう。

データが不確定なのだから、「自分の哲学」を強要せず、ステークホルダーである福島の現地の人たちに決めてもらえば良いではないか。みんなでその意思を尊重し、どちらの判断をとった場合も経緯を持って、お手伝いをすれば良い。残るも選択、去るも選択である。女川にも石巻にも、ふるさとを離れる決断をした人も入れば、リスクを承知で自宅にとどまる人もいた。どちらも「間違ってはいない」。なぜ全員一律に留まれとか逃げろという話になるのだろう。

福島の状態が危険だという人は、その信念に基づいて福島の人たちに向かって、「ミンナニゲロ」と主張すれば良い。なぜそう言わずに現政権の悪口をメールやネットでつぶやくことにエネルギーを費やすのだろう。本気で原発周囲が危ないと考えているのなら、言葉を発する対象は異なっているのではないだろうか。本当に福島の人たちのことを考えているのだろうか。話は東京も同じである。疎開したければすればよいし、したくなければしなくてもよい。選択肢がないのは、今家が燃えているから逃げろ、、みたいなエクストリームなケースだけである。

これは個人レベルの話である。東京の経済活動がうんぬん言う人もいるが、東京全体の経済のために個人の自由意志が損なわれるのであれば、東京という街の価値そのものがそれがゆえに減じてしまう。

文科省や政治家や御用学者は信用できないといっておきながら、その20mSvの妥当性を云々かんぬん議論し続けるのは、奇妙な依存精神である。どうせ20mSvも「言い値」なのだが、「文科省の出す数字はおかしい、あいつらは信用できない」というのなら、彼らに毒づかずに自らの判断でもって行動を示せばよいのである。文科省は無能だと言っておきながら、文科省どうしてよいか教えてくれ、というのは矛盾である。インフルエンザのときに起きた全く同じ現象(あんときは厚労省が対象だったが)と同じである。

本書で天皇陛下の話が出てきたのは興味深かった。僕も同じことを考えていたのだが、(お恥ずかしいことに)その話をするとまたヒステリックなファンダメンタリストたちが騒ぐのが面倒なので黙っていた。

天皇皇后両陛下は本当に素晴らしいと思う。もちろんいつも公務でお忙しいのだろうが、普段はあまり表に出ず、こういうときこそ走り回るというのが理想的なロイヤルファミリーのあり方だと思う。昔、故ダイアナ妃がエイズの子を抱きしめただけでその差別が大きく減じた事がある。どんな言葉よりも強いメッセージがそこから伝わる。ロイヤルファミリーとはこうあるべきだとその時思ったのだった。

レビュー投稿日
2011年5月23日
本棚登録日
2011年5月23日
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