二度はゆけぬ町の地図 (角川文庫)

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本棚登録 : 454
レビュー : 70
著者 :
前原政之さん 西村賢太   読み終わった 

 収められた4つの短編はいずれも、作者自身がまだ10代であったころの出来事を素材としたもの(と思われる)。
 中卒で社会に出た西村の、10代後半の孤独な日々が描かれる。ただし、4編中3編は主人公の名が「北町貫多」となっている。つげ義春作品に出てくる「津部義男」みたいなものか。

 まだ藤澤清造と出会う前なので、いつもの西村作品では物語の縦糸となる「清造キ印」ぶりが、本書にはまったく登場しない。
 10代後半の日々を描いているという意味では「青春小説」でもあるわけだが、そこは西村のこと、「青春小説」という言葉からイメージされる輝かしさやイノセンスは、ここには微塵もない。

《私はそんな自分がつくづく惨めったらしくなってきて、自分で自分を蹴殺してしまいたい狂おしい衝動にもかられてくる(「腋臭風呂」)》

 ――本書に通奏低音として流れているのは、この一節に象徴される自虐、そして煮えたぎるようなルサンチマンである。
 日本文学の青春小説の系譜から似たものを探すとすれば、中上健次初期の傑作「十九歳の地図」であろうか。「地図」の語がタイトルに冠されているのは、西村が「十九歳の地図」を意識していたがゆえかもしれない。

 舞台となるのはいずれも、アパートの家賃踏み倒しやら、バイト先での暴力沙汰やらの苦い思い出の地。ゆえに、タイトルが『二度はゆけぬ町の地図』であるわけだ(じつにいいタイトルだ。西村はタイトルづけのセンスがよい)。

 どこまでが私小説で、どこからが虚構なのかわからないが、自虐を芸にまで高めた作風はいまやすっかり安定の域に達している。
 とくによかったのは、「春は青いバスに乗って」という短編。バイト先の居酒屋で暴力沙汰を起こし、通報を受けて止めに入った警官まで殴ってしまったことから、警察の留置場に入れられた日々を描いたもの。いわば、西村版『刑務所の中』である。
 この短編では、いつもの“ミゼラブルなユーモア”は抑制され、かわりにしんみりとしたペーソスが随所にちりばめられている。

 これまで読んだ西村作品のうち、私は「けがれなき酒のへど」(『暗渠の宿』所収)がいちばん好きだが、この「春は青いバスに乗って」はその次くらいによかった。

レビュー投稿日
2019年5月3日
読了日
2008年10月28日
本棚登録日
2019年5月3日
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