わたしはなにも悪くない

3.50
  • (4)
  • (9)
  • (4)
  • (4)
  • (1)
本棚登録 : 140
レビュー : 16
著者 :
前原政之さん エッセイ&コラム一般   読み終わった 

うつ病、貧困、自殺未遂、生活保護、家族との軋轢などを赤裸々に綴った『この地獄を生きるのだ』が面白かった著者の最新著作。

前著『この地獄を生きるのだ』も本書も、著者の来し方を扱ったものだから、素材は基本的に同一である。が、前著とのエピソードの重複はほとんどないので、別物として読むことができる。

前著は、生活保護受給体験に重きを置いていた。対して本書は、〝精神障害者としての自分〟に比重が置かれている。

最初の章は丸ごと、20代初頭に自殺未遂をして精神病院に入院したときの体験記になっている。

この章は、吾妻ひでおの『失踪日記2 アル中病棟』を彷彿とさせる。吾妻の場合は、アルコール依存症が悪化しての入院であった。そうした違いはあれど、入院中の出来事を微に入り細を穿って描く手際が共通なのだ。

20年も前の出来事なのに、細かい出来事や自分の気持ちまで、よくこんなに鮮やかに記憶しているものだ。著者は〝天性の観察者〟だと思う。

《思えば私の人生は、苦労のフルコースのようなものだった。》
本書の開巻劈頭の一文である。
「苦労のフルコース」というより、「生きづらさのフルコース」のようだと思った。「生きづらさ」という言葉から我々が連想するもの――機能不全家族・毒親・いじめ体験・うつ・貧困・発達障害など――が、著者の半生にはてんこ盛りで登場するのだ。

その反面、著者には表現力という宝が与えられている。「生きづらさのフルコース」を潜り抜けてサバイブしてきた道のりを、すこぶる明晰に、味わい深く表現する力を、である。

単純にエッセイとしても面白い。エッセイとしての完成度は、前著より一段上がっていると思う。

個人的にいちばんよかったのは、「絶縁した父の話」。タイトルのとおり10年前に絶縁し、以後は会ったこともなければ連絡先も知らないという実父について、一章を費やして綴った長文のエッセイである。
文章を読むかぎり、ずいぶんひどい父親なのだが、それでも著者は〝憎しみと背中合わせの愛情〟を込めて、父の思い出を綴る。

絶縁前、居酒屋で父親と2人で酒を飲んだときのことを綴った一節が、とてもよい。

《焼き鳥の煙にけぶる居酒屋で、私と父は世界中でふたりぼっちだった。お互い、この世界に所在がなく、有り余る時間を潰していた。私と父は似ているのだと思う。》

最後の一文もよい。

《こうして、父に会いたいという気持ちが芽生えたことは私にとって発見である。しかし、もう、父には会わなくてもいいのではないかと思う。会ったらまた憎んでしまうかもしれないからだ。だから、会いたいという気持ちだけを大事にして生きていきたい。》 

このエッセイは私の中で、深爪さんが実父の思い出を綴った名エッセイ「父と私と魔法のコトバ」(『深爪式』所収)と同じ箱に入れられている。

本書終盤のエッセイや「あとがき」を読むと、著者は少しずつ生きづらさを克服しつつあるようで、何よりである。

レビュー投稿日
2019年7月6日
読了日
2019年7月6日
本棚登録日
2019年7月6日
4
ツイートする
このエントリーをはてなブックマークに追加

『わたしはなにも悪くない』のレビューをもっとみる

『わたしはなにも悪くない』のレビューへのコメント

まだコメントはありません。

コメントをする場合は、ログインしてください。

いいね!してくれた人

ツイートする