国籍と遺書、兄への手紙 ルーツを巡る旅の先に

  • ヘウレーカ (2023年5月8日発売)
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語られなかったルーツを探し求める過程と、その周辺の社会問題と地続きの歴史を辿る本。語られなかった、語れなかった理由の切実さが胸を打つ。

印象的だったのは、幼い著者が父親に連れられて投票しに行く光景だ。政治なんて興味ない=自分に害はないと安心している者がないがしろにしている投票権を、どれほど切望していたのかと思うと、苦労なく「当たり前」を保有している私たちの怠慢や傲慢さを痛感する。

また、登場する「ちゃんへん.さん」の国籍選択のエピソードは、読んでて胸が詰まった。突きつけられる歴史とイデオロギーや立場の弱さが、あまりにもつらく、重たい。

あとがきのようなページに、
『この社会に存在する国籍や出自、ルーツや文化の「違い」は、「なくすもの」でも「乗り越える」ためのものでもない。
だからこそ「皆、地球人」という、フラットに均してしまう語りにも違和感がある。
違いが違いとして、ただそこに自然と存在することができる社会が、生き心地のいい場所なのだと、私は思う。』
という文章に、はっとさせられた。
「みんな地球人」という一見平和的なフレーズに感じていた何とも言えない違和感の理由が、違いを無視する安易な目線が嫌だったのだと気付く。

「表現の自由」=自由に人を傷つける言動を垂れ流すことの許容、とされている現状。

そんな潮流に抗う著者を突き動かす原動力は、愛する者が生きられたはずの社会になるために、という願いだ。著者の人生に影響を及ぼした喪失体験について、
『「その経験のお陰で」とは絶対に言いたくない。それは(中略)背後にある社会の問題を、覆い隠すこと』
という、愛する者たちの存在が安直な言葉によって軽率に回収されまいとする姿勢の強さが伝わる。

いち読者として思ったのは…私たちは、弱さを知ることや、問題を考えることをやめてはいけないのだ。苦しみを知ることをやめて、難しいことを考えることをやめて、乱暴に単純化し二元論を振りかざす差別やヘイトに抗うために。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年9月17日
読了日 : 2023年9月15日
本棚登録日 : 2023年9月15日

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