物語ること、生きること (講談社文庫)

  • 講談社 (2016年3月15日発売)
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本棚登録 : 1017
感想 : 54
5

上橋さんと私は同い年生まれ。
おそらくはそのためだと思うのですが
彼女が読んだ本、目にしたもの、感じたことに
私の経験の多くが重なります。

人見知りで、できればずっと誰にも会わずに
快適な家の中で、好きなものを食べて
大好きな本に囲まれて暮らしたい…そんな
性格も同じ。

知的好奇心のベクトルもそっくり。
いやこれは、上橋さんの方が変わってる。
男の子はかなりの確率で、いっとき考古学に
関心を持ちますから。

…では私はなぜ、作家ではないのでしょう。

私は「夢見る夢男くん」でいられる環境では
成長しませんでした。
両親は普通の人たちで
私を公務員か教師にしたがった。
現に…出版社を辞めて教師になった私は
両親の敷いた見えない軌道から
脱線することもはみ出すこともなく
ここまで生きてしまったのですね。

でも。

あの当時、どこの家にも置いていたらしい
ジャポニカなどの百科事典を
隅から隅まで夢中で読んで、
自分の知らないことを探しては
頭に詰め込んでいた、あのあふれる好奇心は
どこでどのようにして
消えてしまったのでしょう。

自分の中の炎を消さずにいられた人の軌跡が
この本には書かれています。
たくさんの偶然が上橋さんの周りで起こり
作家への道が見えてゆきます。

私は自分の背中を蹴らなかったんですね。
上橋さん自身が上橋さんの生きる道を
きちんとつないでいったのだと思います。

今の私にはもうないものを、上橋さんは
持ち続けてこられたのですね。

上橋さんと私の子供時代は
多くの点で重なります。
有り体に言えば、そっくりです。
私が作家になって、上橋さんが教員でも
おかしくないくらい。

だからこそ、この本は尊いです。
夢に向かって 最初の一歩を
踏み出そうとしない自分の背中を
「靴ふきマットの上でもそもそしてるな!
うりゃっ!」
と蹴り飛ばしてくれる自分を
心に持ちさえすれば 作家にも医者にもなれる。

現実世界で読むファンタジー作家の言葉は
ファンタジーよりも多くの子供たちの夢を
ふくらませてくれるものでした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2016年3月27日
読了日 : 2016年3月27日
本棚登録日 : 2016年3月16日

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