家守綺譚 (新潮文庫)

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greenflashさん  未設定  読み終わった 

このような古風な気が流れ出す文章を、私とは3歳差の作者がものしたという事実より、明治か大正の文士の卵、綿貫征四郎の手によるもの、と素直に受け止める方がしっくりとくる。

全編に流れる気脈に酔いしれた。
俗世に住まう身ならば気づきもしない数々のものの気配を、(おそらく)山科の気に身をどっぷりと沈め、その気脈に感応したに違いない征四郎というパラボラアンテナが寄せ集める。
季節の移ろうままに、まれに乗せられるひと色以外は墨絵のような幽玄の美を、私は確かに感じたと思う。

昭和生まれの私だが、いくつもの原風景がこの小説の風物に重ねられて心に浮かぶ。しかし、友人・高堂の生家の家守である征四郎が、いかなる特権で、この地の結界の内側にすべりこみ得たのかは、わからない。ただ、それが何気なくできてしまった征四郎が、うらやましい。人は銭のために生きるべきではないのだな。それも資格の一つではないかと、漠然と納得する。

私には、水の底をのぞくことすらもできないだろう。いや、サルスベリに懸想されることも、決してない。

征四郎を羨む自分の隣に、自分には到底無理であると理解している自分がいることを理解して、私は少しだけ安堵する。

人の世に生まれて…人の生き場所をこれほどにうらやましく眺めたことはない。高堂ほどのよき友人を持ったことも、宿命を悟ったことも、ない。

それゆえにこの物語はすべてが茫洋として、夢のようでいて、なのにそれを受け容れてしまう。もちろん、ガラスケースに収まった箱庭のように何度でも眺めることはできるけれども、私自身はそのガラスに顔を寄せてみることしかできないのではあるが。

私が征四郎なら、よかったのに。でも、私は征四郎にはなれないのである。

冬虫夏草へ。

レビュー投稿日
2014年8月6日
読了日
2014年8月6日
本棚登録日
2014年8月6日
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