コミュニティ・オブ・プラクティス―ナレッジ社会の新たな知識形態の実践 (Harvard Business School Press)

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gucchiyさん 経営   読み終わった 

学習する単位=実践コミュニティとして、コミュニティ的な考えの組織への適合を試みた画期的な書籍であろうと思います。その意味で、『学習する組織』の上位的な位置づけに見えます。コッター言うところの組織におけるインフォーマルなネットワークによって作られた単位が実践コミュニティ(Community of practice)と言えますが、コッターの言う改革のためのネットワークと違うところは、実践コミュニティそのものが学習し、成長し続ける存在としたところで、『学習する組織』と全く同じ主張が見られます。またその単位が、生物の生存のように、誕生→成長→成熟 と段階があると言う指摘も『学習する組織』に共通しています。違いは、本書は組織に置いてどのようにコミュニティを位置付け、どのように扱っていけば、継続的な学習に繋げられるかを論じている点です。『学習する組織』では、学習単位をコミュニティとは限定しておらず、なんだかの組織単位の中における学習のためのツールについて論じていると言う感じでしょうか。しかし、『学習する組織』における「自己実現」を突き詰めると実践コミュニティ的な動きになると言う点で、それぞれ同じ価値基準で組織をミクロとマクロでとらえたような、一つの目標に対する相互補完的な解説の関係のようです。

本書では、実践コミュニティは、1) 領域 2) コミュニティ 3) 実践と言う3つの構成要素から成り立つとし、各成長段階における、それぞれについての運用方法を提案しています。とりわけ、実践コミュニティをサポートする「コーディネーター」の必要性を説いています。コッター的な文脈であれば、コミュニティ・リーダーがコミュニティを引っ張り、コーディネーターが実組織とのリンクや、ビジネスとの整合性といった、コミュニティの構成員が気持ちよく動けるように、縁の下の力持ちとしてのマネージメント的な役割を実行します。それらを、ゼロックス社や、フォード社と言った事例を交えて解説しています。『学習する組織』もそうですが、これらインフォーマルなコミュニティによる学習単位のアイディアは、寧ろアフターファイブや社内運動会などの<会社以外の>コミュニケーションを重んじてきた日本的企業経営にヒントを得られているように見えます。それらが分析され、こうして米国の企業で、まさに「実践」されて体系化され、Apple、Googleを代表するような米国ビジネスの成功に繋がっているとするならば、とても皮肉なことです。

本書の最終章では、世界を学習する単位として捉え、世の中を複数の実践コミュニティの集合体とする試みを述べています。そして、最も実践できる単位として企業組織を選んでいる(に過ぎない)とまで言っています。この文章には、個人的にはとても共感しました。社会起業のような実践も、実践コミュニティのインスタンスと考えるのは、私だけではないでしょう。世の中が本当の意味でボーダーレスに学習していく姿になっていくことが、本書の隠れたゴールでありましょう。

レビュー投稿日
2012年8月30日
読了日
2012年8月30日
本棚登録日
2012年8月30日
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