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日の名残り (ハヤカワepi文庫 3)
- カズオ・イシグロ
- 早川書房 / 2001年5月23日発売
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前に映画を見てて、随分と好きな映画だったのですが、小説もとても好きな感じだった。スティーブンスの、頑ななまでの職業意識、イギリスの伝統の誇り高さとその翳り、失ったものに気づく時の、取り返しのつかなさと諦念、でも、生きていくしかないという気持ちが切々と感じられて。読んでるとどうしてもアンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソンで脳内再生してしまうが全く違和感がない。
それにしても、彼の朴念仁具合がもう、あまりにも徹底していて、滑稽なくらい。でも切ないな。
最初は、あまりにも慇懃無礼なスティーブンスの語り口と物語の進まなさに退屈さを覚えたりもするのだけど、ダーリントン卿がドイツに傾きつつある日々のあたりから一気に面白くなってきて、読む手が止まらなくなった。スティーブンスの、思わずとってしまう自己保身も、人間らしい部分が垣間見えるというか。
一通り読んで、もう一回最初から読むと、また、面白い。こんな複雑な思いを抱えながら、新しいご主人様につかえているのか、と少し印象が変わった感じがする。
スティーブンスが、自分はその役割にない、として自分で判断することをやめてしまったことがたくさんあるのだけれど、実はていよく逃げてしまったこともあって、そのために失ってしまったものをもう取り返せないことに気づくラストは、とても悲しいが、救いでもある、と思う。
少なくとも、蓋をしてしまっていた、自分の悲しさには気づけたのだから。
2025年4月21日
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うしろめたさの人類学
- 松村圭一郎
- ミシマ社 / 2017年9月16日発売
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「うしろめたさ」と「人類学」といういう組み合わせにハッとに惹かれるものがあって、読んでみた。
ここでいう「うしろめたさ」は、自分が恵まれている状況で感じる、不公平感から感じる自責の念。人は、その不公平感の居心地の悪さから、バランスを取ろうとして何か行動を起こすものらしい。その感情が、今の、分断されてる世界を繋ぎ直すためのきっかけになる、という話だと読んだ。
まとめの章で、教育は「贈与」だと語るくだりがあった。等価交換されるものではなく、交換する価値が明確なわけでもなく、与えようとしているこものと、与えられた側が受け取るものは必ずしも一致しない。
でもきっと、そこに教育のもたらす価値とか余地があるんだろうと思う。自分が思いもよらない何かが生まれるかも知れないという希望があるし、型にハマったことしか起こらない、というある種の絶望感を少しだけ、軽減するような。
今、この本から受け取って理解して言語化できたのはこのくらいだけど、もう少し大きな世界のことを語ってるはず。
エチオピアのフィールドワークの日記が章の終わりごとに掲載されていて、それを読むだけでも、今の日本の価値観が全てではないんよな、と感じられる。
市場経済が世界を席巻し、持つものと持たざるものが分断されている今、枠にはまることが是とされて、心理的にも窮屈さを増し、それが嫌だと感じながらも、自ら知らず、その枠を強固にすることに加担してしまってる今、これは読んでみる価値のある本だと思った。
2025年3月15日
書評を見て読みたいな、と思い、すぐに購入して読んだ。
期待どおり、好きなものに猪突猛進すぎる、愛すべき人物の話だった。最初は、文章がやや軽すぎるかな、と警戒してたんだけど、後半になるにつれ、マニアックな記述が増え、研究書のごとく読み応えが出てきた。
自分の自宅の風呂で羊皮紙作るなんて、どうしてそんなことを思いつくんだ。思いつきだけでなく、しっかり調査もして、現地にも行って、様々な職人とも交流して、その探究心から来る行動に、思わずニヤニヤしてしまう。好きなものを突き詰めるって楽しいんだよねえ。でも、ここまでできる人はなかなかいない。口絵に、著者が作った羊皮紙の本があるのだけど、本当にすごく綺麗なんだよね。デザインも素晴らしいし。
図書館に関わるものとしては、羊皮紙という素材自体も興味があるし、それを用いた文献についても、もちろん見たい、知りたいというのがあって、イギリスで調査するあたりはすごく面白かった。出てきた図書館員も素敵。
羊皮紙は、ゴワゴワして分厚いイメージだったんだけど、紙のように薄い、ということなので、ぜひ一度、手にとって見てみたいものです。
2025年5月3日
タイトルと著者に心惹かれて手に取ってみた。内容はエッセイなので著者が日々つらつらと思うことを書いているだけなのだけれど、哲学的な視点を通して見ることで物事の解像度が上げられ、はっと腹落ちする感じがして面白い。
例えば「ゆとり」について。ゆとりとは、著者いわく「くつろげる時間、自分の自由になる時間を手に入れること」と思われているかもしれないが、そうではなく「じぶん以外の何かを迎え入れうる、そういう空白をもっているということ」であって、「ゆとりは、だから息抜きではなく、精進のたまもの」(p.210)となる。
なるほどね、とひどく納得してしまった。
そういう、見た目や事象で捉えられがちな言葉について、その本質を突いていくのが面白く、その表層的な言葉がこの世の中には闊歩していて、何だかおかしくなってんな、ということを思ったり、具体的な事例(ゆとり教育とか)に思いを馳せたりすることもあり、なかなかに味わい深い。
ただまあ、老境にさしかかると誰もが思うこともあったり、これまでも書かれていること、自分でもよく感じることなんかもあったりして、読む人によっては食傷気味にもなる話…もちらほらあったかな(これは私の読みが浅いだけかも)。
読書とは、読み手の力量が試されるものであるな、と改めて感じつつ読んだ次第です。
2024年9月1日
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生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある
- 岡檀
- 講談社 / 2013年7月23日発売
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健康マネジメントを専攻し、コミュニティ特性と自殺率との関係性について関心を持った著者が、海部町の自殺率の低さに着目、自殺予防因子を明らかにするまでの報告書。
内容はガッツリ学術研究なんだけど、テーマの身近さや、インタビューを多用する研究手法、そして何よりその楽しげな語り口から、随分サクサク読めます。
海部の人たちの、人と自分は違って当たり前、という度量の広さ、困ったことは積極的に開示し、それを周囲も当たり前として受け取るところ、社会へ主体的に関わることで、何かを変えることができるという意識などが自殺予防因子としてあげられてます。これって、今声高に叫ばれている、多様性を大事にしてるってことで、引用されてるインタビューをみても、海部の人たちはカラッと明るく、確かにこういう環境なら、随分と人は生きやすいだろうと思う。
そして、今すぐ自分にもできることとして、「どうせ自分なんて」と言うことをやめてみることを提唱しています。
自分の意識を、行動で変えていく。行動することで、徐々に脳に刷り込んでいく。行動療法的ですが、すごく分かりやすい、取り組みやすいアドバイスだと思う。一気に難しいことを解決するのではなく、今すぐ出来ることを少しずつでもいいからやっていく。著者の真摯さや温かさを感じます。
研究成果自体も面白いけれど、研究を進める上での苦労話も、まるでプロジェクトXのようにドラマティックで、研究書というよりは、ドキュメンタリーのようでもある。
徳島にこんな町があるんだ、ということも含め、色んな人に読んでみてもらいたい一冊です。
2024年1月1日
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菓の辞典 A Historical Journey
- 長井史枝
- 雷鳥社 / 2022年12月9日発売
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本屋さんで見かけて即購入。古代から現代までの様々なお菓子のルーツを探る本、これは、お菓子好き、歴史好き、うんちく好きとしては見過ごせないでしょう!
見開き2ページで可愛いイラストと解説があって、軽くどんどん読み進められます。よく知っているお菓子あり、初めて見るお菓子あり、お菓子が別のお菓子へ発展する話ありで興味は尽きない。お菓子って地域に根付いた文化なんだよなあ…。
この本はレシピが載っていないので、それが残念だけど、それはまた探してみよう。
巻末にはお菓子の分布図や索引もついてて、いたれり尽せり、何度も開いてみたくなる本でした。
2023年12月31日
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蚊がいる (ダ・ヴィンチブックス)
- 穂村弘
- KADOKAWA / 2013年9月13日発売
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長らく積読してたのだけど、ビブリオバトルで紹介しようと思って読んでみた。読んでもないのに紹介しようと思うのもあれですが、まあ期待を裏切らないだろうと言うことで。
読めば相変わらずのホムホムワールド、自意識過剰と完璧主機と強烈な劣等感と自虐がぐちゃぐちゃになってるんだけど、でも何だか世の中の現象を俯瞰してる感じ、独特の感性がおもしろい。そことそこがリンクしますか、という飛躍は、さすが歌人の見立ての力だなあと思う。
あと、表現とか語感が可愛くて、ちょっと声に出してリズムを味わいたくなってしまう。
こういう、ある意味ネガティブことばかり書いてるのを読むのが面倒くさい、という人もいるだろうし好みは分かれると思うが、私はとても好きだ。ポジティブさを押し付けられるより、ネガティブさから勝手に想像の翼が飛び出しちゃうような本の方が、なんか疲れが取れるような気がするんだよ。
あと、装丁がすごくいい。
この強烈に主張してくる昔の蚊取り線香の缶みたいな雰囲気、一度は手に取ってしまうよな、と思う。
最後の又吉直樹との特別対談も、よい。なんだか世間からズレてるもの同士の対話ではあるけど、みんな多かれ少なかれそう言うとこあるよね、なかったことにしてるけどあるでしょ?って言う。もう少しそういうところが楽に出せたら、優しい世の中になるのにね。
2023年11月22日
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熊の敷石 (講談社文庫)
- 堀江敏幸
- 講談社 / 2004年2月13日発売
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表題作は、芥川賞受賞作。
という先入観はともかく、また堀江さんの世界にどっぷり浸かったな、という感じ。
表題作以外に「砂売りが通る」「城址にて」の2編が収まっている。いずれも、フランスと日本を往還している著者を想起させる主人公で、「おぱらぱん」の続きを読んでいるようでもあった。
いずれの物語も、現在から、ぐっと過去に遡り、大きな事件というよりは小さな出来事の連なりがあって、また現在に収斂していく。語られる現在はいずれも不穏で、かと言って完全な不幸でもなく、少し欠けたところを抱えながらも毎日過ごしている、つまり、誰もが過ごしている人生そのもののようなんだけど、なんというか非常に映画的で美しい。フランスの風景がそうさせるのか、日本人とは少し違う、濃密な心のやり取りのせいなのか。
ストーリーを追うというよりも、情景を味わい、そこから想起される、自分の中にある感情を揺さぶられて、心地よくせつなくなるような本だった。
2023年11月1日
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反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」
- 草薙龍瞬
- KADOKAWA / 2015年7月31日発売
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悩める娘の参考になるかな?と手に取ってみた本。
人の目が気になって苦しんでいる人にはなんらかのヒントはあるかも。でも、ようは心がけ次第ってことなので、その心がけに至るのが難しくて苦しんでるんだよねぇ。言葉の定義一つ一つが、話の文脈で変わってくる感じがあって、文字通り読むと矛盾してるように感じるところもしばしば。
本を一冊読んだだけで悩みが解決するほど心は簡単じゃないし、悩んだからこそ自分のものになるものがあるんでしょう。
2023年10月22日
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ことり (朝日文庫)
- 小川洋子
- 朝日新聞出版 / 2016年1月7日発売
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2023年10月4日
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アサーション入門――自分も相手も大切にする自己表現法 (講談社現代新書)
- 平木典子
- 講談社 / 2012年2月17日発売
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自分も相手も大事にするコミュニケーション。
これを読む限り、仕事のシーンでは、割とアサーティブなコミュニケーションができてる気がしたけど、家族にはすごく難しい。これまでの蓄積で、お互い言わなくてもわかるよな、と決めつけて話してることがいっぱいあるな、と。
自分としては出来てるつもりでも、実はそうありたいと思ってるだけで、実際咄嗟には出来てないこともいっぱいある気がする。
この本は、子供が読みたい、と言って読んだものを私も読んでみたもの。身につまされる。これから気をつけます。
2023年3月16日
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戦争の法 (伽鹿舎QUINOAZ)
- 佐藤亜紀
- 伽鹿舎 / 2017年12月23日発売
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佐藤亜紀、初読。おそらく、私の読書の好みだと、まず出会うことのない本だったと思うけど、ビブリオバトルで紹介され、地方の出版社による復刊という珍しさもこともあいまって、入手した本です。
最初は、パズルのように様々なエピソードが語られるので、それを頭で組み立てるのが難しく、なかなか読み進まなかった。
日本の N****県が突然日本から分離独立、ロシアに支援を受け、14歳の主人公の少年は、それに対抗するゲリラに身を投じる、というのが骨格のストーリーではあるけれど、メインはそこではなく、自分を取り巻く地方社会独特の環境に倦んだ少年が、日常が瓦解した世界で、生き延びるために足掻き、何かを見つけて何かを失う物語、という感じ。
世間の常識を嘲笑いながら、結局は居心地悪い世間に残った主人公の諦観は、なんとなく共感を覚える人が多いのではないか、と感じる。
ゲリラ時代は活劇としても面白く、主人公の冷静さ、主人公の友人の人物像の造形、主人公に大きな影響を残す伍長など、読み進めるほどに登場人物の面白さも際立ってくる。
「戦争の法」というタイトルの意味が、分かったような分からないような感じで物語は終わる(読解力がないだけか)が、この伽鹿舎QUINOAZ版は、著者による解説もあるので、それも楽しめます。
2023年2月10日
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べらぼうくん (文春文庫)
- 万城目学
- 文藝春秋 / 2022年9月1日発売
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初めての人生の挫折である浪人生活のはじまりから、小説家デビューに至るまでを描いたエッセイ。
浪人時代はまんま鴨川ホルモーの世界でむちゃ面白い。
なんだろな、頭の中の世界と現実世界との接続具合が面白いんだよな…。頭の中は妄想に近いのに現実ではそこそこ打算的に動いてたりして、そしてそんな自分を冷静に俯瞰している様が絶妙。
無職になってから、鴨川ホルモーが生まれるまでのくだりから面白さが加速します。鴨川ホルモーを小説の新人賞に応募するあたりはほぼミラクル。事実は小説より奇なりというか、いつもの万城目学の小説の怒涛の展開とおんなじというか。
という感じで、エッセイだけどなんかいいクライマックス迎えた小説のようでした。
あ、あと私は「悟浄出立」がすごく好きなんだけど、これだけなんか作風が違うな、と思ってたら、万城目学が目指してた作家の列記をみて、なんか納得しました。
2023年2月4日
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あとは切手を、一枚貼るだけ (中公文庫)
- 小川洋子
- 中央公論新社 / 2022年6月22日発売
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2022年12月1日
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ヨーロッパ お菓子漫遊記
- 吉田菊次郎
- 時事通信社 / 1996年1月1日発売
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著者が企画したヨーロッパお菓子ツアーの旅日記。全編まるで講談のような名調子で、読みやすい、が、当時の言い回しが多用されてるので、今読むと赤面しそうなフレーズも多いですが…。良くも悪くも調子のいい本です。お菓子の話はどれも面白く美味しそう。それにも増して、著者の人脈の多彩さがもたらす人間模様が面白い。人間と人間が密な時代だったんだなあ、と、ドラマか映画を見ているような気持ちになります。こんなツアーに参加できた人たちが羨ましい。特に、スペイン、ポルトガルで南蛮菓子のルーツを探るツアーが面白そうでした。
2022年9月1日