長い終わりが始まる (講談社文庫)

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レビュー : 73
halcafeさん 小説   読み終わった 

この本を手にとったのは、米子のイオンにあったビレッジバンガード。一人旅でARTに触れ、友人とその子どもに二組続けて会いに行き、一緒に行ったショッピングセンター。帰りの飛行機で一人になることを考えて、本を買おう、と立ち寄った。

特別これが読みたかったわけではない。平積みされた表紙の色が、初めて買ってもらった自転車の色だったこと、そして、4拍子が描かれていたこと。それだけ。

本との出会いって、そんなもの。

大学のマンドリンサークルの話だった。母が大学の時、マンドリン部に所属していたらしい。私はテニスサークルに入って、そこで形成される「トモダチ」の定義が、あまりしっくりきていなかった。そのふたつが、関係ないのにつながってちょっと思い出す。

ひとと一緒に音を作る、という経験をしたことのある人なら、必ず通る道程が描かれている。音楽用語が幾つも出てくるので、なじみのない人はそこで引っかかってしまうかも。ただ、誰かと一緒に何かを作ったり目指したりしたことがあるなら、共感、というか、ああ、と思える描写が、あるはず。

本文より
「最後に急に転調して、終わりの雰囲気を無理に作り出そうとしている曲って、嫌いだ、とフィーネの記号を指で擦る。

それにしても、終わりを認識する感度を、人間はどのように身につけてきたのか。

趣味のオーケストラの中でだけ親密だった関係は、金を稼いで生活するようになれば、気色の悪い思い出に変わっていくのだろう。」

大学のサークルとは、私にとっては、あまり、大切な場所ではない。それは、今となっては、の話だけでなく、多分その当時もそうだった。
内部進学生と、中高一貫の私立校から指定校推薦で入ってくる人が多い大学。そこで、数十名からなり、代々連綿と続く人間関係。その中に、浪人生活を経てなお、失敗した、という挫折を持ち込んで加わった私は、「自分を承認して欲しい、自分はここにいると精一杯アピールすること」が、好きじゃなかったんだと思う。そして、自分自身でその「絆」を断ち切った時に投げられた言葉は、「もう友達じゃなくなるね」だった。サークルとは、終わりが始まる場所だった。

そんなゆがんだ記憶を、何処かから掘り起こしてきてしまい、ちょっと置き場所に困っているところ。

山崎ナオコーラさんの紡ぐ物語は、どこかチクッとしたりヒリヒリしたりする、その感覚が、生、を実感させる。そこがとても好きだ。

レビュー投稿日
2015年1月17日
読了日
2013年8月20日
本棚登録日
2013年8月20日
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