模倣犯(五) (新潮文庫)

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本棚登録 : 5194
レビュー : 420
著者 :
hanemitsuruさん 宮部みゆき   読み終わった 

文庫で全5冊の大部の作品、ようやく最終巻まで読み進めることができました。

以下にネタバレがありますので、これ以降をお読みいただく場合はご注意ください。

自分としては、何より「模倣犯」の意味が分かって(再読ですから「思い出して」のはずなのですが、まったく覚えていませんでした…)ホッとしました。
前畑滋子の単なる思い付きから出たブラフ、大博打にあっさり引っかかってしまったピース。純粋な悪だの舞台を演出だのと大言壮語をしていましたが、仮面を剥いでしまえばその下にあったのはただの目立ちたがりで誇大妄想の子供の顔、ピースは言ってみれば「厨二病患者」だったのでしょう。掲示板やSNSでの論争に顔を真っ赤にして反論しているうちにポロッと自分の個人情報を漏らしてしまう中学生そのものです。
挑発された犯人が思わず犯人以外知り得ないことを口走ってしまうというミステリは数多くあります(と思います…タイトルを挙げろと言われてもすぐに思い浮かばないのが困りものなのですが)。ピースの告白シーンはこの大作の最大の見せ場です(前畑滋子がCMの入るタイミングを気にしているのが、かつてヒロミがCMにキレたときと重なり、さらにその場を支配しているのは前畑滋子でもキャスターでもピースですらなく、スポンサーであることを改めて思い起こさせます)。
でも、自分にとって本書のカタルシスはこのピースの告白シーンにはありませんでした。それよりむしろ、それまで節制し、自制を重ねていた有馬義男が、ようやく泥酔して、ようやく大泣きをすることができたことに、読者としても、何か心の中に固まり、蟠っていたものがようやく溶けてどこかに流れ出していくことを感じることができました。

ピースの仮面の下の幼稚な小物を引きずり出したこと、例え死刑の判決が出たとしても、そこに至るまで小憎らしい言説をうんざりするほど聞かされなければならないこと、そして苦労して死刑を勝ち取ったとしても被害者は戻ってこないこと。有馬義男は悪との対決を勝ち抜き、最後の勝者となりましたが、彼が勝ち取ったのはそんなことです。
そんな彼にできることは、自らに課していた節制を解いて大酒をのみ、涙を流すこと。読者にできることもその姿を見て涙を流すことでした。


改めて振り返ってみると、善VS悪は第一部の有馬義男VS犯人グループ、第二部ではカズVSヒロミだった善VS悪の戦いのカードは、第三部では前畑滋子VSピースです。
前畑滋子は有馬義男やカズとは違い、大人ではあるものの地に足がついているとは言い難い職業に就き、昼夜逆転した生活を送り、大酒を飲んで二日酔いになり、夫から家を追い出されました。だから有馬義男やカズといったヒーローたちと違い、正面突破の横綱相撲でピースを追い詰めることはできず、奇策で一発狙いのハッタリを成功させた彼女は、マスコミに得られたはずの席を蹴って、いったんは夫婦の縁を切ると公言した夫のところへ、よく言えば地に足のついた生活へ、言葉を変えたら退屈な日常へと戻っていきました。

結局日常を一日一日大切に生きている者が一番偉い…そう言えば「蒲生邸事件」でも、「ズルせずに現在を一生懸命生きている奴が偉い」って言ってましたっけ。
どちらの話でも、そうしていない奴を引っ張ってきて、対比させて見て初めて日常のありがたさが浮かび上がってきます。地に足が着いていない幼稚な者どもに日常の幸せを崩されたら、また最初から平凡な日々を積み上げていくしかないのです。

…でも、自分勝手な理由で何の関わりもない人たちの命を、幸せを奪う身勝手な犯罪のニュースをよく見る昨今、それだからこそ幼稚な者どもを蹴散らし、叩き潰す正義のヒーローを、「クロスファイア」の青木淳子のような超越的な存在が悪者を処分していくさまを、お話の中だけでも見届けたい、と思ってしまう自分もいます。どちらのお話も宮部みゆきの作品として存在するので、両方読めるファンは幸せ、です。

哀れなピースについて。
幼い頃からこの世に居場所のなかったピース。最初に実の母を手にかけたピース。心を許せる友人が一人もいないピース(あのヒロミにすらカズがいるのに)。犯行にまったく罪悪感を持たないばかりか、逆にその舞台の「演出」を楽しんでいるピース。
当初は司直の手がまったく及ばないように見えていましたが、第二部でカズが指摘したとおり、その計画には多数の穴がありました。5巻に入ってからは、その穴が次々に見つかり、身辺に警察の手が伸びかけています。カズに少年探偵団みたいだと喝破されたとおりその計画は幼稚で独りよがりなものでした。
まさか真犯人Xが自らスポットライトの下に現れるまいという思い込みを逆手にとってマスコミデビューした彼ですが、強固だったはずのペルソナは剥げかけて、本来の彼は「反感」という形で塚田真一や、武上や、前畑滋子や、ニュースキャスターにすら見抜かれています。
ところで、前畑滋子のブラフに引っかかって、全国民の前で犯行を自白した彼が、その場から逃走して篭城したのはなぜだろう、と考えています。
単にまんまと引っかかったことを恥じ入ったのか。
塚田真一に電話をし、その心をずたずたにすることで堕ちていく自分の道連れにしたかったのか。
自分には、作者が有馬義男とピースが話す機会を作りたかったのだろうと思います。
飲んだくれて泣くことだけが救いだった有馬義男が得た、唯一の復讐の機会を。

ほんの少し斜視であることについて。
塚田真一の交際相手、精神の均衡を欠きがちな彼にはもったいないほど活発で勝ち気で行動的で思いやりのある水野久美ですが、彼女がほんの少し斜視であることを塚田真一がとても可愛らしく、神秘的だと思ったという一節がありました。
女の子の可愛らしさの表現としてあまり見かけることのないこれって、実はかなり初期(1995年)の作品「夢にも思わない」にも出てきます。
「夢にも思わない」を読んだときはアバタもエクボ、ということなのかな?と思っていましたが(もちろんそれもあるのでしょうけれど)、人とは少し違う何かが見えているのではないかと感じさせることがある、ということのようです。
言われてみれば納得なのですが、あまり思いつくことのない褒め言葉(?)です。

なお、作者は公式サイトである「大極宮」の「宮部みゆきへの質問と回答」に、カズの視覚障害について、『高井和明というキャラクターは、子供のころに、「自分の目に見えていたものが、他人の目に見えていたものと同じではなかった」という体験をしたことで、他者に対する深い優しさを抱いた大人へと成長していくことができたのだ――』と書いています。
いずれも、人と同じものを、同じ方向を見ているようで実は少し違うものを見ていることは、神秘的で、素敵で、他者への思いやりを育てる源泉なのだ…ということを考えているようです。

何にせよ、お気に入りのようなので、今後の作品でまたほんの少し斜視であることが可愛らしくて神秘的で優しい女の子の登場を、楽しみにしておくことにします。


最後に。
怖々再読を始めたこの大部の作品でしたが、作品世界にどっぷり浸っている間はこれ以上ない幸せな時間でした。もともと「もっと作品の世界にとどまりたい、終わってしまうのであれば最後のページを読みたくない」と感じてしまう性質なので、このボリューム感は満足以外の何物でもありません。また、ところどころにあるキツイ描写も、有馬義男の最後の勝利を信じてしっかり読むことができました。
そして、読了してしみじみ思ったのは、ストーリーを追うことから解放されて本を読むことの清々しさです。
今回は1~5巻を通して再読したうえで、5巻まで通読した後すぐにまた再々読しました。初読の時はとにかく先が気になってタイトル「模倣犯」の意味を覚えていないくらい先へ先へと読み進んでしまいましたが、今回はいろいろなことを考えながら読む余裕がありました。ストーリーの力が最大の魅力である物語の、ストーリーを味わい尽くした後のあれやこれやをたっぷり堪能するのは、とても贅沢な読み方です(だって、再読、再再読をしたこの時間で、積読が5冊ずつ崩せたはずです)。

たまにはこんな読み方も悪くありません。

…なんて思っていたら、前畑滋子とピースのその後を読むことができる「楽園」を再読したくなってきました。
あれ、初読の時は「模倣犯」の記憶がほとんど消えていたはずだよなあ、今この状態で読むとまた別の感想があるんじゃないかなあ…。
まだまだ積読が大量にある状態にもかかわらず一度読んだ本を再読するのは、正直順序がおかしいと思うのですが、それでも何とか時間を作って前畑滋子とピースのその後を見届けられないものか、と考えています。

レビュー投稿日
2019年8月27日
読了日
2019年8月27日
本棚登録日
2006年1月26日
7
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