個人的には、同著者の作品としては先に読んだ「フランドルの冬」の方が好きだし人にも薦めるけど、この作品は、人間ならだれしも一度は持ったことのある思考の状況を、著者なりの方法で徹底的に掘り下げている点で、傑作とは言わないまでも、確実に見逃せない作品ではあると思う。
第一に思ったのは、この作品を、死刑制度という特殊な問題について扱い、それについて著者の意見を述べただけの本と決めてかかる必要はないんじゃないか、ということ。というのは、この作品は、恐らく死刑に賛成する人にとっては、死刑廃止論者のキリスト者が書いた宣伝のようにきっと見えるだろう(こう暫定的に書きますが、筆者が死刑に賛成しないということではありません)けれども、被害者、遺族の描写が殆どないというその観点からはあまりに致命的な一点において、少なくとも今日から見ればあまり説得力はなく、現に小説が書かれてからかなりの時が経った現在でも死刑制度はある。しかし、死にゆく人がどういうことを考えるのか、という問題は、信仰の如何に関わらず常に私たちとともにある。特に下巻の後半部は全く冗長さを感じない、いい文章だった。言ってしまえばそのことを考えさせるという点に、死刑廃止論者たる著者の面目躍如があるのでしょう。
それからこの著者のテクストは、読者の身体そのものに訴えかけてくる。特に女子大生の生理の描写はどこまで意識的なのか分からないけど、一方向に流れがちな物語に強烈な違和感をもたらしてうまい。
あと、大工の歌人の歌に元になったものがあるのかが気になりました。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
小説(その他)
- 感想投稿日 : 2013年8月30日
- 読了日 : 2013年8月30日
- 本棚登録日 : 2013年8月25日
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