色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

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レビュー : 2277
著者 :
hayata55さん  未設定  読み終わった 

本作品を読んでまず新鮮に感じたのは、5人組という設定だ。かつての村上春樹の作品の主人公は、大抵一人で(もしくは妻などのパートナーと)いることを好み、何かしらの集団に属しているという設定は、私が知る限りではなかった。
5人組という設定は目新しかったが、根底にあるテーマは変わっていないのではないだろうか。自分自身をどのように捉え、他者とどのように向き合っていくのか。本作品では、時間をともにした人数が多かった分、それを失ったときの辛さ、悲しさも大きかったのではないかと推察する。

主人公の多崎つくるは、駅を好み、駅を作ることを生業としていることを作品中から窺うことができたが、これは物語全体の比喩、象徴であると感じた。つくるが駅の役割、つくると関わりのある(あった)4人、灰田、沙羅たちは、駅に到着し、程なくして発車し、次の目的地へ向かう電車の役割。つくると親しくはなっても、いずれはつくるのもとを離れていってしまう人たち。つくるは駅を好むと同時に、駅としての自分の役割を、本人も気づかぬうちに受け入れてしまっていたのではないだろうか。かつて4人から縁を切られたとき、つくるは死ぬことしか考えなくなる暗黒の時期を過ごす。やがてはそれを無意識の奥底にしまいこみ、人とは一定以上の距離をとるようになってしまう。来る者拒まず去る者追わない駅。36歳のつくるの人間性を、駅という事物を通じて表現しているのではないだろうか。
20歳のころ、死ぬことしか考えなくなる時期から脱却し、新しい一歩を踏み出したつくる。しかしそれは4人から棄てられたことを乗り越えたのではなく、意識の外に追いやってふたをしてしまっただけだった。それ36歳になっても消えず、久しぶりに本気で関わってみたいと思える人、沙羅に出会ったときに、その存在を無視することができなくなった。そしてつくるは自らの歴史と向き合うため、4人のもとを訪れる。
自分の暗い過去のことは振り返らず、ふたをしてなかったかのようにしてしまいたいという心理は誰しも抱えていると思う。しかしいくらふたをしようとも、個人に刻まれた歴史というのは、一生消えることなくその人の人間性に影を落としているのだということを、本作品を読んで強く感じた。怯えずに向き合うことでやっと、そのトラウマを「乗り越える」ことができるのではないだろうか。これは人間共通のテーマであると思う。

4人と違い、自分だけ色彩を持たない、無個性な、面白味のない人間だと自分を評価してきたつくる。しかしアカ、アオ、クロと会って過去を振り返っていくなかで、誰もが決してつくるのことをそのようには捉えていなかったことがわかる。クロは好意さえ抱いていた。自信を持って人生を生きろ、とはあまりにも月並みな言葉だが、誰にでもその人なりの色彩がある。つくるはそのことを胸に刻んで、沙羅を手放さないよう行動しなければならない。つくるは駅としての役割を終えなければいけないのだ。

村上春樹の作品に登場する人物は、大抵サンドウィッチやサラダ、オムレツなど洋風の料理を食べるが、本作品では、味噌汁が登場していて、驚いた。これからどのような作品が生まれるのか楽しみだ。

レビュー投稿日
2013年5月18日
読了日
2013年5月18日
本棚登録日
2013年5月5日
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