はじめてのアメリカ音楽史 (ちくま新書)

  • 筑摩書房 (2018年12月6日発売)
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感想 : 17
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 早稲田で教えている(た?)先生2人の対談によるアメリカ音楽史。対談と言っても、2人で交代しながら説明する感じになっている。著者の一人ジェームズMバーダマンという人は、15年前におれが読んだ『黒人差別とアメリカ公民権運動』という、結構いいなと思った本の著者だったことが後で分かった。それより里中哲彦という人は英語本を書く人かと思って、おれも何冊か読んだことがあったが、「この数年、私は英米のポピュラー音楽史を研究してきた」(p.13)らしく、一体何者なのかよく分からなくなる。読んでいると、なんかAIみたいに色々知ってるんだなあと思った。アメリカの音楽、ブルーズ、ジャズ、ロックンロールはその源流がアメリカ黒人たちの音楽にあるということなので、アメリカの音楽を知るということはアメリカ黒人の歴史を知るということになっている。なので黒人の歴史、南部の歴史を探りつつ、どんなアーティストがどんな音楽を生み出したのかを解説していく本。
 正直、音楽史の本はどの本もそうなんだろうけど、人名作品名が聞いたことなければ、読んでいてもあんまり面白いとは思えない。おれにとってはほとんど聞いたことのなかったので、ちょっと読むのに退屈してしまうけど、たぶんそれは仕方ない。それでも、色々面白い部分があったので、その部分のメモ。
 「ミンストレル・ショー」が「1854年(嘉永7年)、日米和親条約の締結をしようと二度目の来航を果たしたペリー提督は、交渉にあたった日本人たちを接待」(p.35)して、その時に「黒ん坊踊り」(Ethiopian minstrel show)を見せた、という話は驚き。しかも神奈川の県立歴史博物館にはその絵も残っているとか、日本史の中にアメリカ南部の歴史との接点があるというのが新鮮。それから端的にアメリカの音楽を言い表した言葉で、「黒人の魂のうち、『悦楽』はスピリチュアルに、『希望』はゴスペルに」(p.71)、「『悲哀』はブルーズに、『不満』はロックンロールに」(同)というのは分かりやすいかもしれない。他にも「ゴスペルが『聖』なる音楽、ブルーズが『俗』なる音楽といわれ(略)ブルーズは下品で猥褻な音楽なので、『悪魔の音楽』と協会側からいわれることもありました」(pp.100-1)ということで、ブルーズとゴスペルはそういう対称的な関係になっているのか、と思った。ジャズというのは今でも大人気の音楽だけど、ジャズは「黒人のアフリカ音楽と白人のヨーロッパ音楽が融合して、ニューオリンズ(ルイジアナ州)で生まれた音楽」(p.133)と定義されるらしい。南部のことを「ディキシーランド」というらしく、ディキシーランドって何か聞いたことあるなあ。「黒人系のものを『ニューオリンズ・ジャズ』、白人系のものを『ディキシーランド・ジャズ』と呼ぶ人もいます」(同)らしい。そして、「ニューオリンズの黒人奴隷たちは、他の地域の奴隷よりも”自由”を享受していた」(p.136)らしく、土地を与えられたり農作物を売りさばいたりすることができた人もいたという。やっぱり特別な場所な感じがして、アメリカの中でも行ってみたい場所ベスト3には入るんだけどなあ。そして、やっぱりルイ・アームストロングが出てくるけど、これは最近あった連続テレビ小説で「サッチモ」と呼ばれていたというのを初めて知った。が、「愛称のサッチモというのは、口が大きかったから。Such a mouth!がなまったとか。」「カバン(satchel)のような口(mouth)という説もあります。」(p.151)ということらしい。あと中学校のリコーダーの教科書にも載っている「聖者の行進」の様子なんかが書いてあるpp.141-2なんかは面白かった。あと、絶対学校で習わないような、当時を知る英単語がこの本にはたくさん出てくるが、その一つspeakeasyというのは禁酒法時代の「もぐりの酒場」(p.154)のことらしい。ジョージオーウェルの1984に出てきたのはNewspeakか。あと「黒人性」という単語で「ネグリチュード」(p.157)というカタカナが書いてあったが、これも初めて聞いた。negritudeということで、文学批評の分野の言葉らしい。それからそもそもjazz(p.160)という言葉にしても、「ロック」も「ロール」も(p.256)とても卑猥な言葉らしい。なんてこと。ちなみにfunkは「ネイティブ・スピーカーの感覚でいうと、ファンキー・ミュージック、つまり『ファンク』というのは、黒人の汗のにおいを思い起こさせる単語。泥まみれの労働、褐色の肌をつたう熱い汗を想起させる。」(p.194)というのもなかなか日本人のイメージと違う。あとはviolinではなくfiddle(p.223)という楽器。日本人はすぐヴァイオリン、にしてしまうらしいが、フィドル。って聞いたこともなかった。で、ジャズに戻ると、「愉快に踊るための音楽だったのに、高尚な啓示を頭で感じとる芸術音楽になってしまった」(p.163)ということらしい。そうかと思えばラップの話で、「音楽そのものに対する情熱があまりないパフォーマーもいました。ちょっと有名になると、違うフィールドへ移ってしまう。多いのは映画界への進出。90年代になりますが、ウィル・スミスなんかもそうですね。」(p.205)っていうのが笑ってしまった。情熱がなかったのか。あとは別のジャンルで、「映画『歌追い人』(2000年)」(p.218)は、「アパラチアの音楽をかなり正確に伝えているし、外部の人たちが山の奥地の音楽をどう見ていたかもよくわかる」(同)というから、そんなに古い映画ではないし見てみたいかなあ。でそのカントリー・ミュージックについては、「体制的で保守的であるという見方アガ以前として強くありました。もともと牧歌的な過去を理想とするような歌詞が多く、そこには農村の簡素な生活への郷愁と反近代・反文明的な思想が込められていました。ところが70年代になると、徐々にまた人気が復活しはじめた。都市生活者が抱える『郷愁』『悲哀』『孤独』といった感情をうまくすくいあげたのです。目まぐるしい都市生活から離れて、しばし自然に親、時間とのんびり戯れたいという願望をくすぐったのでしょう。そもそもわたしたちが『カントリー』と呼んでいる音楽は、直接カントリー(田舎)から出てきたのではありません。都市のメディアの影響を受けて生まれたものなのです。その意味では、現代のカントリーは都市に暮らす人々のための郷愁の音楽だともいえます。」(p.230)の部分は面白かった。田舎から出てきたんじゃないのか。あと都市にいる孤独、とか歌ったやつあるよな、と思った。カントリーなのかどうか分からんけど。
 最後に、大学の時からアメリカ史とか好きで、特にアメリカ南部の歴史とかちょっとだけ本を読んだこともあるけど、著者の1人のジェームズMバーダマンという先生からすると、「南部人の心が反映されていない研究が多すぎる」(p.298)という。これは難しいよなあ。南部人じゃないし。何が南部人の心なのかよく分からん。と思ったら、「南部の歴史、そして南部人の心を知るためには、どうしても次のふたつを研究の基礎に据えなければならない。ひとつは、南部の音楽を読むこと。そしてもうひとつは、音楽を聴くことだ。」(p.298)ということで、文学に触れることの大事さというのが分かった。フォークナーとか、今年中に日本語ででも読んでみようかなあ。(22/09/13)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 新書
感想投稿日 : 2022年9月13日
読了日 : 2022年9月13日
本棚登録日 : 2022年9月13日

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