従軍体験が基だけに、文字から戦場が肌に感じられる。リフレインされる麦畑の描写は、広大な中国大陸という異国の象徴でもあるし、自然と人間の対比、また生と死の対比でもある。生命のやり取りの中で、所々に挟まれる何気ない(心象)風景は、恐らくこの作品が人気を得た主要因のひとつで、風が立ちさあと靡く麦の音などは、じかに目に見え音に聞こえるようだった。検閲の関係や当時の風潮から、今日見ると違和感ある要素も多々ある。戦友を殺され、敵兵に憎悪をたぎらせながら、その憎しみが(主題の曖昧な)戦争を引き起こした指導層に決して向かないところ。あるいは、兵士それぞれに家族や仕事があり、それが喪われる事への悲哀を痛みながら、敵兵にもそれがあることには一切頓着せず、殺意を躊躇わないなど。戦地の住民の様子や、ときには戦闘より過酷な行軍の辛さなど、短編ながら印象に残る場面は数え切れず。戦争を知らない世代には史料的な価値もある名作。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
文芸
- 感想投稿日 : 2021年4月25日
- 読了日 : 2021年4月25日
- 本棚登録日 : 2021年4月25日
みんなの感想をみる