無限抱擁 (講談社文芸文庫)

著者 :
  • 講談社 (2005年8月11日発売)
3.50
  • (2)
  • (4)
  • (7)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 38
感想 : 6
5

恋愛小説.切ないのに渋い.芥川龍之介,志賀直哉に兄事した著者による渾身の私小説.私小説というと『布団』のような,著者の情けなさ,未熟な人間性が全面に押し出されるある種露悪的なものが想像されるが,本書では著者の壮絶な実体験が朴実な文体でまるで木彫りのように表現され,当時著者を取り巻いていた現実がそのままの形で読者を圧倒する.

主人公は文学を志す若者.ある日吉原に遊びに出たとき出会った芸者と恋に落ち,数年後所帯を持つ.主人公は新聞社を辞め筆一本で食べていく決意を持つ.家計を助けるべく妻は髪結いの学校に通い始めるが,肺病に冒される.主人公の介護もむなしく,ある冬の朝,妻は死ぬ.

愛する妻を若くして失う人生の無常.それが如実に現れているのが表題『無限抱擁』.人の世の無常を説く仏教用語「夢幻泡影」と無限の世界に瀕した妻を抱擁する著者の,妻への愛「無限抱擁」のダブル・ミーニングになっている.まったく素晴らしい.

ところで,この瀧井孝作は芥川賞の選考委員であり,村上春樹が芥川賞を逃した一因が彼による選評らしい.まあ,しかし,本書を読めばその相性の悪さは一目瞭然というか,こういう小説を書く人が村上春樹を好きになれるはずがないというか…….一番それを感じるのが物語上での酒の取り上げ方.カティ・サークを登場人物に飲ませて気取った科白を言わせるのが村上春樹だが,瀧井孝作ときたら,主人公の親類が朝食に出てくる「沢の鶴」の瓶詰を楽しみにしているという具合で,この2人が仲良くなれるはずがない.村上春樹は運が悪かった.

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2013年12月1日
読了日 : 2013年11月16日
本棚登録日 : 2013年8月10日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする