暗夜/戦争の悲しみ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-6)

  • 河出書房新社 (2008年8月9日発売)
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感想 : 21
5

10代でベトナム戦争へと志願した若者キエンが、過ごした戦地と生き延びてなお地獄の戦後を、戦争・恋い模様を個人の視点で描いた戦争文学。過去から現在へ続く時間軸に背き、様々な場面に飛びながら展開する構成に最初は荒っぽさを感じたが、次第に記憶の断片を整理していく過程であることが分かり、リアリティさが増してくる。
前半はベトナム戦争の生々しい表現が続くが、ベトナム兵のキエンから見た戦争について書かれており、10~20代を戦地で過ごしたキエン、そしてキエンがまとめる部隊の若者がどういう思いで戦争に向かい、そして命を落としていったのかが描かれている。特に自分の部隊の部下を全て失ったキエンは、生き残ったことで背負う苦しみの大きさを強調している。
大義がない戦争、米ソ冷戦の代理戦争として、悲惨な運命とたどったベトナムで若者たちの将来が失われることの悲しみは、ただただ悲しみでしかない。
後半になり、キエンとフォンと恋の回顧が始まる。おそらく戦争で失った最も重要なもので、取り返そうとつらい記憶をたどる作業が行われるのだ。このシーンでは、1960年代のハノイの美しい田園風景や都市部の煉瓦造りの建物、夜の暗い街並みなど、情景が目に浮かぶのだ。そこでつましい幸せが約束された高校生たちは、米国の北爆で戦争が始まると、やがてお互いに肉体的にも精神的にも癒えることのない傷を負う。
キエンとフォンは10年の戦争を経て、再会を果たすが、もはや互いに互いを埋められない関係になっていた。なぜそうなってしまうのか。その理由と解きほぐすため、回顧を続けたキエンの物語は、戦争の悲しみから抜け出すことができなかった。戦争からは悲しみしか生まれないことを強く伝えている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 戦争文学
感想投稿日 : 2016年1月10日
読了日 : 2016年1月1日
本棚登録日 : 2016年1月10日

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