増補 普通の人びと: ホロコーストと第101警察予備大隊 (ちくま学芸文庫 (フ-42-1))
- 筑摩書房 (2019年5月10日発売)


ナチス政権下でのホロコーストの実態を理解する上で、1992年に出版された本書は2つのことを教えてくれる。一つはホロコーストに関して、我々はアウシュビッツやビルケナウ等の強制収容所ばかりをイメージするが、実際には被虐殺者の20-25%は、ユダヤ人が暮らしていたゲットーやゲットー近辺の森林での”射殺”によるものであるということ。そしてもう一つは、そうした”射殺”に関与したのが、民族浄化や反ユダヤ思想に特段染まっていたわけではない市井の人々によって構成された警察予備大隊であったということ。
ある暴力についてそれが特殊な事情(政治思想、宗教、貧困等)の影響によって、限定的に持たされるものであるという言説は、一般的に我々を安心させる。そうした状況に陥らなければ、我々が暴力に駆り立てられはしないという安心感を与えてくれるが故に。一方、本書は全く真逆の事実を提示する。中年層の職人や商人などの一般人であり、かつ年齢も比較的高い故に、若年層のようにナチスドイツの思想に耽溺したわけではない人々により構成された警察予備大隊が、なぜ3.8万人のユダヤ人らを射殺し、4.5万人のユダヤ人らを強制収容所送りにしたのか。
本書は、歴史学者とである著者が極めてオーソドックスな歴史学のメソドロジーに基づき、市井の人々が血生臭い暴力の執行者になり果ててしまうのかというメカニズムを明らかにしようとした労作であり、ホロコースト研究、ひいてはそれは暴力という行為そのものに迫る心理社会学的な側面すら明らかにしようとする。決して心地良い書物ではないが、得てして本当の事実とは人を不快にさせる。そうした優れた歴史学の一冊として、永遠に語り継がれるべき研究所である。
- 感想投稿日 : 2019年8月17日
- 読了日 : 2019年8月17日
- 本棚登録日 : 2019年5月25日
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