悪役令嬢、セシリア・シルビィは死にたくないので男装することにした。 (角川ビーンズ文庫)

  • KADOKAWA (2019年8月1日発売)
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感想 : 9
5

なにかは正しいんだけど、なにかが確実に間違っている、そんな彼女の男装生活。

タイトルでそのすべてを物語っている系の作品ではあります。
「悪役令嬢」をジャンルとしてご存じの方なら「死にたくない」という動機はおなじみでしょう。
しかし、結びの言葉が「男装」というのはおそらく万人が謎に思われるかもしれません。

目的自体は命を狙ってくる正体不明の暗殺者の目を欺く「自衛」のためというもので至極まっとうなんですが……。
それでも終始ツッコミを入れたくなることを読者に保証したくなる、そんなラブコメなのですよ。

主人公の視点がどっかズレてて行動力が空回りする様が愛おしく、あちらこちらで振り回したかと思えば、振り回されたりもしたりで最後まで引っ張ってくれます。 

ここからの注釈が必要かどうかはさておいて。
「悪役令嬢」とは女性向け恋愛ゲームなどによく登場する主人公の「ライバル」の一種です。
恋愛ゲームにおける実際の登場頻度はさておいて、WEB系のライトノベルレーベルでは引っ張りだこの概念だったりします。

少女漫画によく登場する、「ライバル」というほどには格の高くない、主人公の足を引っ張る敵役の一種と言い換えてもよいかもしれません。この辺は色々あるので、一概に語るのは難しいですが「悪役令嬢」は「文字通り」敵対的な上層階級の脅威と言ってもよいかと。

そんなわけで彼女たちは基礎スペック自体は容姿と家柄を中心に高いものの、性格の悪さから取り巻きを囲っても孤立しがちです。やがて目立たない立場から頭角を現した主人公にいびりやいじめを繰り返して攻略対象となるイケメンたちからの好感度を叩き落し、自滅パターンを辿ることに。 

最終的には国政に私利私欲からタッチしようとしたり、もしくは主人公への危害が度を越した結果として権力を持つヒーローから「断罪」されて、表舞台ないし現世からサヨナラするというのが大方の筋書きになります。
一方で「お約束(テンプレ)」や様式美の一例として確立したなら、それを崩したくなるのも人情というもの。

ところで個人的に思う範疇ですので具体例は挙げませんが、私にとって印象深い「悪役令嬢」に類するキャラクターを挙げるとすれば女児向けアニメの敵役だったりします。
そちらだと高みから見下すよりもむしろ、降ってわいた幸運に助けられて努力していないのに(偏見)幸運を掴む主人公へのやっかみやねたみの気持ちを(視聴者からの)代弁込みで足を引っ張ってくれる感もありますから。

方法は全く褒められなくても、意志は尊重しなければいけないところもあるのでここが難しいのですけどね。

「性格の悪さ」は自分の力で幸せをつかもうとする「我」の確立した一人の女性に通じる部分もあります。
「ガラスの靴」を履くシンデレラの物語と「ガラスの天井」を破ろうとする女性のサクセスストーリーは、似ているけどなかなか歩み寄れない二律背反なのです。

とはいえ戦わない、守られるだけのヒロインは足手まといと揶揄されて久しいわけですし。
また、日本人の判官びいきの表れというべきか。
「悪役令嬢」は定められた「滅びの運命」に抗うもう一人の主人公であり、男にちやほやされるだけ(偏見)な本来の主人公に対する対抗軸(カウンター)として最近一定の地位を確保している感があります。

講釈はさておいて、本作の解説に話を戻しますと。
前世の記憶が突如として蘇り、自分が前世で遊んだ乙女ゲームまんまの人物配置と設定がされた異世界に転生したことを自覚した主人公「セシリア・シルビィ」は、前述の理由も兼ねて、男爵家の子息「セシル・アドミナ」と名と姿を変えることを決意します。

しかもなぜか、王侯貴族の通う学院で、妙に理解のある義弟「ギルバート」協力のもと、歯が浮くような甘いセリフを吐く貴公子として名を馳せ、淑女たちに黄色い声を上げさせながら。もちろん実家にはひた隠しにして。

ちなみに本作のご都合要素としては現地生まれでありながら、ゲーム用語も理解してくれて、公爵家の子息としての身分を保ったままサポートしてくれる義弟周りにだいたい集中している気がします。
一方で、(二重の意味で)主人公のキャラクターをもってマジメに突っ込んだら負けだなという雰囲気を作れている気がするので、人にもよりますが大丈夫でしょう。

そもそもがファンタジック要素も入った貴族社会なのに「林間学校」も「電話」も「カレー」もあるくらいの軽いノリで文明度な世界観なので大真面目から半歩ズレたくらいの受け取り方が一番楽しめるかもしれません。
この世界がなんなのかという疑問に関しましては、おそらくは主題ではないのでしょう。

「異世界転生」より「乙女ゲーム」部分に比重を置きつつも、あくまで「現実」だというのに変わりはないのですけどね。主人公は好感度やフラグなどのゲーム的な考えに固執して盛大に空回りしちゃいます。

未来を知っているといっても、核心部分を知らないというのは作劇上の都合としても。
幼少の自分が起こしたバタフライ・エフェクトなどがもたらす(主人公目線の本来の歴史からの)好感度のズレが「鈍感系」を演出したりします。

ここで効いているのが「男装」要素で、主人公は勝手に勘違いする一方で、同性の友人としてできる範囲で行動し、ピンチにもなるので妙に距離の近い触れ合いが頻出します。
「同衾」などの同性としてみても際どいシチュエーション(異性だったら終盤のイベント)がなぜか発生します。

本来の姿の自分は嫌われていると勘違いしてるのに、男装していると妙にアグレッシブになるのは不思議ですね。
結果、第三者視点から見ると絵面が完全に男性同士の同性愛(BL)にしか見えない空間が誕生するという。

ここでキーになるのが本来の乙女ゲームの方の主人公「リーン・ラザロワ」です。
なぜか、この世界に存在しないBL小説を発想して布教し、同好の士とともに楽しむことに固執する彼女の巻き起こす嵐に主人公を巻き込まれる羽目になるのがなんとも面白いのですよ。

男姿だからか、逆に無防備で天然で男をたらしこむ主人公「セシリア」とは逆に、あまり恋愛という軸にはタッチせずに自分の趣味に没頭して、異性の友人まで本づくりに巻き込んでいく「リーン」がまたなんか困った意味で「自立した女性」としての主人公を実現するのが実に面白い。

このふたりの「主人公」、特にリーンの謎は早々に示唆されて、読者にシナリオの導線を提供してくれるのがなんとも読みやすいと思います。それに加えてクライマックスに向けて段々情報を提示してからの種明かしは、王道ですが話をいったん畳むに申し分なしと思いましたね。

ちなみに主人公「セシリア」は行動力はあるけど、方向性がズレてる。
けど、全き善意の人であり、信頼はできる人物であると読者には伝わってくるのは大きいですね。
地頭はいいだろうし、活劇をこなせる身体スペックもある。ただし、最大の障害である暗殺者「キラー」の正体は謎なので緊迫感はなんだかんだで持続しています。

それと「乙女ゲーム」と言えば、別に攻略対象のイケメンによってたかって主人公がちやほやされるという側面だけでありません。過去に由来するトラウマなどを抱えた攻略対象の心を開いて、共に寄り添って二人で問題を解決していこうという、言うなれば「カウンセリング・バトル」の側面もあったりします。

心に闇を抱えた攻略対象は危ないんですよ。
本来あるべきだろう未来から、主人公の性格なんかゆるい方向に変わったことで変化した「ギルバート」然り。
身内相手だからこそ無防備すぎるセシリアと最も近い位置にいながら噛み合わない双方の思いは必見です。

なんにせよ戦闘力がないヒロインだって戦ってるんです。ゲームによっては時に死亡エンドがあったりしますし、安穏としてはいられないんです。
本作の主題がとにかく死にまくるゲームで輪にかけて死ぬ「悪役令嬢」が死の運命から逃れるためとあっては、特に。

そうして考えると、全般的に古良い感じのノリで進行しつつも、主人公の役割を割り振って二人に分けたのは面白い試みだと思いましたね。
活劇を演出する男装のヒロインがその実後手後手な対応に回らざるを得ず、一方で守られる側にしか見えないヒロインが、わが道を行き、最後にふたりが同じ秘密を共有したその事実に燃えました。

初見のズッコケ要素はそのままに主人公ふたりにコメディ要素を集約し、意外と世界観で外してはいけない屋台骨はしっかり押さえているなど、演出面でも上手いかもしれません。
たとえば、この巻の舞台は主として学園であり「学生」という建前上対等な身分に全員が立ってるという前提こそあります。とはいえ貴族の「家格」などのまじめな要素もしっかり拾っているので茶番感はあまりありません。

王に連なる家格の「公爵」と、貴族の端である「男爵」と言っても距離感は気やすいんですが、ちゃんと公的な場では弁えてくれるだろうという納得もありますから。
その辺でちょっと触れておくと、攻略対象の一人であり、将来は国政を回す王太子「オスカー」が妙に理解のある人で、BLの演出に協力してくれたりする辺り、妙な器の大きさに感服した気もします。
コメディ要素であっても、BLが男子にも理解されつつあることにちょっとした時代の流れを感じたりもしました。

余談はさりとて、まとめますと。
総じて「男装」としなければいけない裏事情を当事者視点で切迫して語りつつ、なんかとぼけた読み心地を提供していただけた小説かと思います。
タイトルの印象を裏切らないという意味では随一の文体かもしれませんね。

読書状況:未設定 公開設定:公開
カテゴリ: LoveComedy
感想投稿日 : 2020年1月7日
本棚登録日 : 2019年12月4日

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