沖縄県石垣島近くの南蘭島で暮らす高校生の鷹野、柳、そして柳の弟・寛太。話は島のビーチハウスでのいかにも10代らしい“覗き”シーンから始まるのだが、実は彼らは・・・・。


力も性欲も持てあますやんちゃな高校生たちの青春ストーリーかと思いきや、
始まってすぐに彼らの過酷な背景が明らかにされる。

育児放棄された子どもたちを集め、戸籍を操作してから育成した後、優秀な産業スパイに育て上げるという大きな組織。


語学も武術もそして記憶力も英才教育された彼らは、高校生にして海外に派遣され、あれこれの“活躍”をしては組織に貢献する。組織との取り決めとして、18歳になったその日から一人前のスパイという扱い、そして35歳になるまで生きていたら、そこで自由の身になれる、という。

南のリゾート地での高校生活と、非情な産業スパイとのギャップが映画的に面白く、日本の話じゃないみたいだなぁ、と思いつつ、ぐいぐいと読ませられた。

幼い彼らを育てた保母さん的な役割の人、現在の身の回りの世話をするお婆さん、また、“先輩”として彼らを指導する男たちや、行く先々で出会う仕事仲間、そして敵・・・。それぞれ魅力ある人物たちで背景となるエピソードもほろりときたり、ドキドキしたり。

展開が早く状況が二転三転、巧な伏線、誰を信じればいいのかという疑心暗鬼、優しさが入り交じり、
段々残りページが少なくなってきても着地点が見えない!

最後はどうなるの?、ちゃんと話は終わるの? とそこに一番ハラハラしていたら・・・・

ネタバレです。



















これって、既刊の「太陽は動かない」のスピンオフ作品だったんですね。
私、「太陽・・」は幸か不幸か未読だったのですけど、
そこで活躍する冷酷非道&優しい企業スパイ鷹野の若いころの話、という位置付けで


それを知っていれば少なくとも、この「森は・・・」では鷹野は死なないし、企業スパイへ道を選ぶ、ということがわかっていた、ということ。

うん、なるほどね。
私は知らなかったからたっぷりハラハラできて(汗)お得だったってことでしょうか?

2015年5月24日

読書状況 読み終わった [2015年5月24日]

ヒデミネさんったら、個人的ルーツ探しをして小林秀雄賞をもらっちゃってたんですね。 私の先祖は誰?と戸籍、家紋、現地調査に専門家、親戚縁者まで動員し調べてみたら源氏だったり、いや平家、果ては天皇家にまで!


なんでこんなに人の先祖を探す旅が面白いのか。


本当に由緒正しく代々続いているやんごとなき方々や、伝統芸能の宗家、また、古都の格式ある商家だったらともかく、そもそも家系図という響きからして胡散臭いと思っている私には、先祖なんて誰でもいいじゃん、という基本的スタンス(#^.^#)があるのですが、ふとしたことから自分は誰の末裔なのかを調べ始めたヒデミネさんの旅の行き当たりばったり感にはあはは・・・だったり、へぇ~~、なるほどね、だったり。

よく言われることだけど、1人の人間には親がふたりいて、それぞれにまた親がいて、とさかのぼっていくととんでもない数字になる。ヒデミネさんによると、20代で100万人、27代となると一億人を超えるとか。
だから、どんな人にも祖先に“有名人”はいるだろうし、もっと言わせてもらえば誰でも皇室の末裔、あるいは分家ということになるらしい。

で、ヒデミネさんの調べ方は、まず自分の親にその親のことを聞くということから始まって、それが意外と知らないことばかり、ということになるのが、うん、私だってちゃんとそんな話は聞いてないなぁ、なんて。

で、戸籍を調べてきて、また親に見せると妙な感動があるんだよね。(#^.^#)
その後、曾祖父の本籍地に飛び、彼を知る人がいないかフィールドワークしてみたり、前世カウンセラーに会ってみたり、高橋という苗字から探れないかと専門家を訪ねたり、はたまた、家紋の研究家に話を聞いてみたり。

ご本人の何がなんでも自分の先祖を特定したい、というわけでもない、ただ、なんとなく面白くなってきちゃって、という姿勢に私まで感化されちゃって、うんうん、それで? と。(#^.^#)

結局、予想通りにぐだぐだと終わる家系探しなのだけど、私が一番面白かったのは、そうやって先祖をさかのぼっていく旅の途中で、たとえば曾祖父の子孫かも、と思われる人が、どこか面差しが親戚の誰々さんに似ていたり、性格的な類似点を感じたり、ということ。

もし、本当にその人がそうであっても、今の彼とはあまりに遠くて親戚とも言えない間柄なのに、案外、そんな感じでつながっているところがあるのかも、とここは素直に嬉しくなってしまったんだよね。

そういえば、全然、赤の他人のはずなのにどこか似ている人っていると思うんだけど、お互いの先祖をたどればどこかでリンクしてたりして? と思えたのがこの“調査”の一番の収穫のように思えます。
(#^.^#)(#^.^#)

2015年5月24日

読書状況 読み終わった [2015年5月24日]

生まれてすぐに巫女の資質を見いだされ天山で修行生活に入ったソニン。 でも彼女が12歳になった年、その力の定まらなさから「見込み違い」とされ親元に帰されることになりました・・・。


雲をつらぬく針のように、細く、高い山がありました。
山の名は。雲の向こうの頂には、仙人が住んでいるという噂でしたが、姿を見たことのある者はほとんどいません。
雲の下、天山の中腹にある平地では、十二人の巫女たちが暮らしていました。


という出だしで始まるこの物語。
落ち着いた年配の女性の語り口のような文体の優しさが心地よく、
ファンタジーはちょっと苦手な私なのにすっと話の中に入り込むことができました。

ソニンは生まれてすぐに親と離され、質素な毎日の中の修行生活。

巫女たちは山を登ってくる人の依頼を受け、「夢見」という、身体から魂を切り離しては遠い土地へ飛んでいき、その地で見てきたことを仲間の巫女に伝えることが一番の仕事です。それを聞いた巫女は下界の人たちに、「鯨の群れが近づいている」とか、「あの山の怒りはもうすぐ治まるだろう」とか、依頼主が知りたい形で告げ、その代わりに海の幸や山の幸、金銀などを受け取る、という。

これってとても面白い設定だと思うんですよ。
ただ見てきたことを伝えるのではなく、その見たことの中から必要とされるものをピックアップするために、巫女たちは夢見の才能を磨くと同時にあれこれの勉強もしなければいけない。

だから、ソニンは夢見の力の制御がうまくできない(これってきっと後には大きな力を発揮できるということかな、と)ということで家に帰されるけれど、必要以上に落ち込んだりせず、冷静に事態を受け止めているところが読んでいて気持ちよかったんですよ。

実家の父や母、姉との生活を経て、ソニンはお城の7人の王子様のうちの末の王子(口がきけない王子なのになぜかソニンとだけは意思の疎通が可能)の御付きの者となるのだけど、

あはは・・・私ってばその王子様たちそれぞれの描写が出てきた途端、俄然、ぐぐっとそれまで以上に話に入り込んでしまって。(#^.^#)
チラッとしか紹介されていないのにひとりひとりが皆、個性的で好ましく、うん、私っていわゆる“王子様”が好きなんだなぁ、と再認識でありました。

隣国との闘い、国内での権謀術策、初めてできた友だち、旅先で出会った人々・・・と、これからまだまだ話は続くみたい。

ゆっくり大切に読んで行きたいと思います。

2015年5月24日

読書状況 読み終わった [2015年5月24日]

人目を引くほどのイケメンなのに、気弱で不器用な主人公・秋彦。都会でのあれこれに疲れ、友の故郷である小豆島に職を得てやってきた。

自分がイケメンであることを自覚しており、そのために注目されるのが厭で大きなマスクで移動する秋彦は、普通だったらなんというイヤミ!となるところなのだろうけど、きっとそれでこれまで不本意な思いを多々してきたのだろう、と思うと、それはそれで大変なんだろう、と思えるところが可笑しいというか、頷けるというか。

実際、彼の新しい職場では女性陣が俄然、色めき立ち、また、ほんのちょっとの出会いでさえも、さざ波が立つ様子なのがわかる、わかる、なんて。(#^.^#)

島での彼を巡る人情悲喜劇や、突然やってきた彼の小学生の娘など、それぞれ面白くは読ませてもらったし、また、彼と同じく東京からやってきて小豆島に住み着いたアラフォー女性がその生活をおままごとのようだ、つまり、いいとこ取りというか、地に足がついてないというか、と島の女性から非難されるくだりには納得できないながらも、ある一面を突いているところはあるかも、なんてちょっと立ち止まって考えてみたり。



ただ、そんな秋彦の都会でのトラブルとは、


ネタバレです。





言ってしまえば彼の不倫。
気弱なゆえにしっかりした妻に押し切られて結婚した後、自分の半身ともいえる人に出会って・・・というエクスキューズは用意されていたけど、それでも大人として、妻や子どもへの愛情や責任をないものにしていいということにはならないと思うんだよね。

面白いところも多かった小説なのだけど、そこのところが引っかかって今ひとつ楽しめなかったところはあるかも。
秋彦は私の中では斎藤工に変換されていて、そのイケメンぶりは堪能させてもらいましたが。汗

2015年5月24日

読書状況 読み終わった [2015年5月24日]

幻覚に翻弄され8日間も奈良の夏山を彷徨った69歳の男性。GWの白馬で雪崩に見舞われ全滅したパーティ、九死に一生を得たパーティ。夏山で被雷、その後骨折までしながら下山し自宅までバス&新幹線で帰った男性。


私は「猫を膝に本を読んでいるのが一番幸せな時」を自認する根っからのインドア派で、
この本は山で危険な目に合わないため、あるいは何かがあった際のなんとか生き残るための実例集、
とくると、なんであなたが読むの??となりそうなのですけど、

これがね、実に興味深い山の実話、だったんですよ。

ライターでありベテラン登山家でもある羽根田治さん自身が、GW中の沖縄・西表島で、友人との登山の際、“高体温疾患”にやられ、冗談抜きで死ぬところだった、という章から始まるのですが、山好きな人には大事な資料であろうと思われる詳細な地図や装備したものの名称がさっぱりわからない私にも、無事生還後に、どこで何を間違ったのか、(それは前日から始まっていたりする。)プロの目から見ての反省点、偶然とか不運とかでは片づけられない具体的な検証に、うんうん、なるほど!と。

雪山の過酷さに涙目になったり、いわゆる「山を甘く見た」という定型句とは全く違う、生と死との分かれ道に驚いたり、また、言い方は悪いけど一番面白かったのは、八日間の彷徨から戻れた男性が回復してから、詳しく語った現実と幻覚・幻聴の行ったり来たり。読み物として読むだけでも本当に怖くて、怖くて、また、その間中、食べものもなくてどう過ごしたのかと思うと食欲がなくて、何かを食べるという考えもなかった、と。でも、生還後には脱水症と低体温症、そして怪我の悪化で一か月半以上も入院、その後も事故のトラウマなのか、虚脱感と怠惰な生活の中で不機嫌になりがちで妻から「命を助けてもらった甲斐がない」と言われた反省したことなど、どれもこれも門外漢の私にはただホントに驚くことばかり。

羽根田さんの意図とは違う読み方だったと思いますが、読めてよかった“力作”だと思います。

2015年5月15日

読書状況 読み終わった [2015年5月15日]

表紙に見える赤い橋は、上巻では爽やかな季節を思わせるいいお天気の中、下巻では山際近くに満月が見えるしっとりした夜。どちらにも自転車に乗っていたり、引っ張っていたりする人物が。(#^.^#)


その赤い橋、愛本橋と自転車が、
時々立ち止まって頭の整理をしなければならない程の登場人物たちを結び付けていく様がとても優しい。(#^.^#)

かがわまほせんせい、こんにちは。ぼくは、なつめゆうきです。ようちえんです。5さいです。ぼくは、かがわまほせんせいのえがだいすきです。やさしいおうちがだいすきです。
ぼくのことをすきですか。かがわまほせんせい、ぼくのことをすきになってくださいね。

と、5歳のころに真帆に手紙を送った夏目祐樹。彼は千春の従兄弟で、今、中学三年生。
京都のバーを経営する雪子との縁で、彼女の夫の勤務する進学校に進もうとしている・・・。

この祐樹の手紙を読むたびに泣きそうになってしまうのだけど、彼を取り巻く誰もが彼のことを好きで、そんな彼のおかげでまた物語が進んでいく。

何をどう書いたらこの物語を言い表す感想になるのか、大きなネタバレの穴を避けようと思うと、あれもこれも書けないのだけど、うん、みんなそれぞれ居場所がある、という宮本輝のメッセージをそのまま受け止めて(実はちょっと言いたいこともあるのですが・汗)、あぁ、よかった、と本を閉じたいと思います。(#^.^#)

2015年5月15日

読書状況 読み終わった [2015年5月15日]

宮本輝色全開(#^.^#)の“優しい人たち”が自分の居場所を探していたり既に見つけていたり。 東京・京都・富山に住まうそれぞれ関係を持たない人々がなぜか段々つながっていく巧みな力技を素直に楽しみました。


お話は、高卒後、富山の入善町から東京に就職で出てきた女の子・脇田千春の送別会で始まります。
一所懸命にこれまでの御礼の挨拶をする千春。会終了直後に店近くの路上でヤク中らしき男に通り魔的にナイフで刺されそうになった主任・川辺は、それでも、その日の夜行バスで富山に戻る彼女を気遣い、バス停まで送ってくれる。

そして、部長の川辺は送別会の後、ひとり行きつけのショットバーに行き、そこで、女友達と来ていた賀川真帆の「今夜、ゴッホの『星月夜』が家に来る、と話しているのを耳に挟むのだが、真帆は絵本作家で、15年前に九州にゴルフに行っているはずだった父(老舗自転車メーカー・カガワサイクルの社長)がなぜか富山の滑川駅で心筋梗塞のために急死した過去を持っていた。

とまぁ、この話はいったいどこにつながっていくのか、と読者は作者の掌の上でただ転がされるばかりなのですが、自分の気持ちを掘り下げながら真摯に生きる人々の群像劇、というか、誰が主人公でもいいくらいそれぞれの人物描写の奥行深さを楽しんで・・

2015年5月15日

読書状況 読み終わった [2015年5月15日]

今月号の本の雑誌が涙ものに(#^.^#)面白い~~! 創刊40周年記念の特大号なのだけど、大御所たちがこれでもか、と登場です。


創生期とそれに続く40年を振り返る元祖本の雑誌社メンバーたち。\(^o^)/
それぞれ読み応えがありましたけど、特に
椎名誠さんの「たったひとつのきまりごと」がいいんですよ。
目黒さんはなぜ断固として阻止したそれまでの常識。それはこれまでにも何度も語られてきた逸話であるけれど、椎名さんは


そのたったひとつの「取り決め」が『本の雑誌』の今存在している命の根幹だと僕は思っている。


と締めていて、そっか、だから私は長年、この雑誌を楽しんでこられたのね、と改めて厳粛な(汗)気持ちに。

「本の雑誌が選ぶ40年の400冊」特集なんて、いつもの社内偏愛丸出し選考会に加えて、
エンターテインメント40年・北上次郎から始まって、豪華執筆陣による
日本文学40年、翻訳文学40年、エッセイ、時代文学、国内ミステリー、海外ミステリー、SF、ノンフィクション、とそれぞれの選者がとても楽しんで作品名を挙げているのがわかるし、また、これは大変でしょう!(#^.^#)の縛りを自分に課している人もいたりして、リストとしてもこれから先何年も活用できそうだけど、読み物としてだけ読んでもとても面白いです。

なぜか、新連載の「そばですよ」平松洋子がこのタイミングで始まり、立ち食いソバの素敵な検証を。なんてったって、一回目のタイトルが「いか天そばに動揺する」ですものね。

新刊めったくガイド、三角窓口(読者の投稿ページ)にもいつも以上に力が入っているし、

今月号の「おじさん三人組」は、なんと北方謙三氏の仕事部屋を訪問。表彰状なんてあげちゃうのです。炎の杉江さんはちゃっかりサインまでもらっちゃうし、


読者からの

私の「本の雑誌」体験! が熱い!(#^.^#)

57歳の越川映子さんの


 ヨソの家の本が少ないのに驚いていたら、本誌の皆様の本棚を見て、うちはまだマシであることがわかった。



には大笑い。うんうん、わかります! 私も、こんなに本読みの主婦って人間としてどうよ、ってくらいに、読書量に対して後ろめたさを感じていたのが、本の雑誌の書評家さんたちは当然として、一般読者にも凄い本読みがうごうご(失礼!(#^.^#))いることがわかって、あぁ、よかった、私はまだ大丈夫だ、と胸をなでおろしていたものだから。

そして、
越川さんは続けて

三角窓口を読むと、お友だちができた気がする。ファンクラブがあったら入りたいものだ。


あはは・・・
私も毎月、そう思ってましたぁ~~。特に常連さんには幼馴染のような、同じ釜の飯を食ったような(#^.^#)濃い親しみを感じてたんですよ。

で、長年の読者が本の雑誌40年を振り返る座談会までやっちゃってそれがまたまたすごぉ~く面白いし、頷ける。(そのメンバーの中にいつも本屋大賞受賞式にご一緒している三澤さんがいらして感激!)
それぞれの本の雑誌の楽しみ方や、どこから読み始める? そして、これまでの本の雑誌の危機のころの理由、昨今の企画に対して、と、ホントに忌憚なく&楽しそうに語っておられてね。(#^.^#)

私はお三方のようにコアな読者ではないけれど、それでも、うん、そうなんですよ、私もそう思ってました! と握手したいくらいのあれこれが出てきて、いや、これはたまりません。

毎月、本の雑誌が届くと、何を読んでいても中断、(今月は吉田修一「森は知っている」の途中でした。こちらもとても面白いです。)最優先で読みふけるのですが、今月号は増ページで読みでがあるだけにこれは困ったぞ、と、\(...

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2015年5月15日

読書状況 読み終わった [2015年5月15日]

久々の「円紫さんと私」シリーズ。女子大生だった私が編集者、そして夫・息子と暮らす家庭人に。そうだよね、前作から15年以上も!!経っているんだもの、と思いつつ、あらまぁ~~と驚きましたぁ!(#^.^#)

デビュー当時は“覆面作家”だった北村さん。
私、北村さんとの出会いがこのシリーズだったもので、主人公の女子大生・「私」がそのまま北村さんに思えて(だって、ご本人に色濃く反映しているに違いない、と思えるような、とてもしっくりくる語り口だったんだもの)、だから、北村薫=女性とばかり思っていたんでした。。。。

で、久々の新作はこれまでのシリーズの中で一番好き!!
((#^.^#)(#^.^#) 偶然なんだろうけど、ここのところ、この作家さんの中で一番好き、シリーズの中で一番!ということが続いていて、なんと嬉しい春でしょうか。)

取り上げられているのは、

芥川龍之介「舞踏会」と、
太宰治「女生徒」。

小説の形は取っているけど、国文学を愛する北村さんの丁寧で優しい文学談義&論証ですね。

それぞれ、数多くの文献に当たり、“元”となる話や日記を芥川や太宰がどうわが物としたか。


「舞踏会」も、楽しく読んだけど、往年の太宰信者(大汗)ーもう過去のことですよ、とここで言い訳するのも太宰ファン共通??-としては、二章「女生徒」と三章「太宰治の辞書」は、なんだろ、熱いお風呂に入って、う゛~~~っと唸らずにはいられないような痛気持ちよさ。
(「女生徒」は、私、断トツ一位の「人間失格」に次いで愛好していた本だったんです。あはは・・ここでも過去形。)

「女生徒」は、太宰に送られてきた太宰読者の日記が元だということは知ってはいたけれど、それをどうアレンジして太宰味を出したのか、また、どこをそのまま使ったのか、をゆっくりと語るページがとても愛おしくて・・・。
また、その他、「津軽」のタケとの再会シーンの裏話(というか真相?)や、あの「生れて、すみません」が実はある詩人の一行詩だった、また、太宰が当時使っていた辞書はなんだったのか、それを知ることがなぜ大事なのか、などなど、ホントに興味深い話ばかり。

北村さんは元々高校の国語の先生だったから、こんなお話も授業の合間にされていのでしょうか。
もしそうなら、なんて幸せな生徒たちだったんだろう、と思います。

2015年5月14日

読書状況 読み終わった [2015年5月14日]

マハさんも勤めていたMoMA、ニューヨーク近代美術館を舞台にした絵を愛する人々の連作短編集。モダン・アートの王国へ、ようこそ、と帯にありましたけどホントに未知の世界を旅した気分でたっぷり楽しめました!


・ボストン生まれ、ボストン育ちの日本人展覧会ディレクター・杏子、
・ 不審者を監視する役目のスコット、
・デザイナーのジュリア、
・アシスタント・キュレーターのローラ、
・日本から派遣された学芸員・麻美

の5人がそれぞれの短編の主人公。

マハさんの「楽園のカンヴァス」や「ジヴェルニーの食卓」のおかげで、美術館内で働く人たちの仕事内容(というか、ヒエラルキーとも?)を知りました。
ここでも、杏子が展覧会ディレクターからキュレーターという

“施設の収集する資料に関する鑑定や研究を行い、学術的専門知識をもって業務の管理監督を行う専門職、管理職”(ウィキより)

を目指しているからこそのあれこれが・・・。

3・11や、9・11が大事な背景として出てきますが、その扱いがとてもリーズナブルでよかった!
それぞれあまりに惨い天災・事件だけに、どうしてもフィクションがその事実に引きずられてしまい、感傷的すぎたり、言い方は悪いけど、ヒステリック、あるいは、スピリチュアル方向に傾いたり、というお話を多々読んできてしまっているので、書き手がきちんと消化して物語にしてくれました、という今作は気持ちのいいプロの業を見せてもらった思いです。

モダン・アート(いえいえ、古典だって)には全然詳しくない私ですが、デザインや機械までも包括するMoMAの姿勢には、うんうん、そうなんですか、そういう美術もあるんですね、とストンと納得。
楽しんで読むことができました。

私が好きだったのは、監視員のスコットの話かな。(#^.^#)
美術品ではなくて、終日、観覧者を見るのが業務である彼の元にやってきた“幽霊”の正体は?
その幽霊が残した足跡になぜ美術館の人たちは舞い上がったの? 

全編を通してキーパーソンが登場し、彼を知る人たちから語られる逸話の興深いことこと、優しいこと、そして哀しいこと・・・。

現実の美術館を背景にしているだけに実在の人物たちも登場し、これってどこまでがホントのことなの?と、目くらまし状態になるのも、うん、これはこれで面白い!

大作ではないですが、今までのマハさんの美術界ものの中で一番好きかもです。(#^.^#)

2015年5月10日

読書状況 読み終わった [2015年5月10日]

もちろん(汗)殺人事件は起こるのですが、作者から読者への一番の“課題”はタイトルの〇〇〇〇〇〇〇〇を当ててみろ、というもの。


無人島に集う人々、事故で顔を損傷したため常に仮面をつけている島の主、密室、ミステリー作家、弁護士、医者、二重人格、と横溝 正史? アガサ・クリスティ? なんて思いながら読んでたら、なんだよ、おい!(汗) という予想外の展開に、笑っていいのか、呆れるべきなのか。(^_^;)

うんうん、確かに作者からのヒントはたくさんあって、途中で、あれ??これって??とは思ったんですよ・・・・。



えげつなさにも程がある、と眉をひそめる人が多いでしょうか。
私は、最後に明かされた〇〇〇〇〇〇〇〇〇にぷっと笑ってしまったので、はいはい、許してあげましょう、だったんですが。

2015年5月7日

読書状況 読み終わった [2015年5月7日]

「表出」という異能を持つ人々がいて、それは自己の持つイメージを可視化できるということ。普段は動物園で調子の悪い動物の代わりにそのイメージをお客さんに見せて楽しんでもらう、というほのぼの系? でも、その割になんか殺伐とした空気が漂ってない? という派遣社員的な導入なのだけれど、その背景には国家の思惑が絡み、どんどん話が大きくなっていく。

異能を持つがゆえの苦しみや家族との葛藤、またその能力の個人差があったりもして、元々好きな三崎さんではあるし、面白く読んだのは確かながら、なんていうか、表出に関する“三崎さんルール”が多すぎる気がしたのは私の頭が大雑把だから??

前二作は短編だったので、それを膨らませて中編にしたのは創作過程としてよくわかるものの、今回もまた短編の方がよかったんじゃないかなぁ、なんてゴメンなさい! なんだけど。

2015年5月6日

読書状況 読み終わった [2015年5月6日]

「神さまのカルテ」シリーズの4冊目にして、これまでの物語の前日談。

お馴染み&既に亡くなってしまっていたりする人々がまだ若い時の姿を見せてくれるのがとても嬉しい。

主人公の一止は、国家試験準備の真っ最中だったり、研修医のスタートを切っていたり、また、ハルさんは雪山で芯の通った姿勢でそっか、そんなことがあったのね、と語ってくれたり。

本屋大賞で一作目がノミネートされた時、夏川さんが会場にいらしていたので少しだけお話させてもらったのだけど、(奥様といらしてました。(#^.^#) ハルさんのモデルかな、と嬉しかった!)地方医療の実体験を基にした小説です、と。

うん、医師に求めるところが大きくて、少々甘い、というか、ドリーミィすぎるのでは?と感じられる部分もあるお話なのだけど、現役のお医者さんが書いておられるのなら、それはただの夢物語ではないのだろう、と思えるところが強みですよね。

タイトルの「神さまのカルテ」の意味も始めて分かった。
ネタバレです。







「神様のカルテ」=神様が書いたカルテ、なんだね。
人間の病気を含めた人生のあれこれは、その人が生まれた時に神様が書いたカルテにのっとって進んでいくのだから、その生き死に医師の力は及ばないところがある・・・。これって、日々、患者さんを診ている夏川さんの本音なんでしょうね。そして、だからこそ、医師の仕事は限られた命の中で何ができるかを真剣に考えることだ、とも。命に対して傲慢にならないことだ、と若き大狸先生に言わせているのだけど、これもまた現場にいる医師から出た言葉だと思うと、素直に胸に入ってきます。

夏川さん、医師の激務と小説家の二足のわらじで身体をこわさないでくださいね。

2015年4月29日

読書状況 読み終わった [2015年4月29日]

「村上春樹チルドレンの優等生」と豊崎社長から呼称される本多孝好さん。うん、確かに彼の文体の心地よさに惹かれ、これまでほとんどの作品を読んできてます、私。(#^.^#)

で、なぜか読み逃していた旧作の「at Home」。
娘が、文庫を買ったよ、面白かった、と電話で教えてくれたので読んでみたのですが・・・。

ほぉ~~っ(#^.^#)と驚いたり、嬉しくなったり。
これまで読んだ作品の中で一番好きみたいです。

中編が4作。
どれも“家族”の話なのだけど、それぞれかなりの訳あり家族でした。

「at Home」…これが一番印象に残ってます。
主人公は淳坊と呼ばれる“長男”。中卒後、印刷所に勤めながら、実はパソコン絡みのあれこれ偽造に関わっている。父はいわゆる空き巣で、たまに応挙なんて持って帰ったりして淳坊から足がつくから、と怒られている。母、中学生の妹、小学生の弟も、かなりきな臭い一家なのだけど、実は・・・と続く展開が巧いです。

淳坊はもちろんだけど、小学生の弟(ゲームに熱中する引きこもりかと思いきや、人生への割り切り方&頭の良さが実に面白い。女の子にももてるみたいだし。)がいいんですよ。

後半、私としてはもうちょっと違う展開でもよかったんじゃないの、と思ったりしたけど、(筋を進めるためにちょっと乱暴な持って行き方だったかな、なんて)それでも楽しく読めました。

これって、今年の夏に映画化されるんですね。(驚)
主演が竹之内豊ってあったから、お父さんが彼なのかな。
映画を観るかどうかは微妙かなぁ。
お母さんは誰なんだろ。・・・今、検索したら松雪泰子だった。いいかも。(#^.^#)

その他、
「 日曜日のヤドカリ」…小学生の娘・弥生さんとその義理の父、二人で過ごす日曜日にモト父親が介入?? 
同級生を拳固で殴った弥生さんに、それだと自分が怪我をする、今度は肘を使うか、せめて拳固にタオルを巻いてください、と言うお父さんが素敵です。(#^.^#)

その他は「リバイバル」「共犯者たち」

2015年4月29日

読書状況 読み終わった [2015年4月29日]

同じ中学の吹奏楽部でサックスパート同士&カップルだった有人と風香。高校は吹奏楽の名門・旺華高校に一緒に行こうね、と言っていたのに、余裕のはずだった有人がまさかの不合格! そして危ないと思われていた風香だけが合格という番狂わせが・・・。

受験というと商売柄平静ではいられないじゅんですが、不本意ながらの高校に通い始めた有人の前向きな姿勢に、バシバシと肩を叩いてあげたい(叩かせてもらいたい?(#^.^#))気分で読みました。

なにしろ、彼の通う羽修館高校には吹奏楽部がない!!涙・涙 しかも、校長のヤツときたら(爆)、名門の野球部ばかりが自慢で、吹奏楽部を立ち上げたいという有人に協力する気はゼロという。

で、有人がどんなふうに吹奏楽部を形作っていくのか、なんとまぁ~の展開に、うんうん、そうくるか、と驚いたり、偉いねぇ~~と感嘆したり。
一方、風香は有人の不在を哀しみながらも、名門高の楽しさ・厳しさを真正面から受け止めて、真摯に吹奏楽部三昧。彼女は彼女で健気さ、一所懸命さに打たれます。

私は中高大社会人と吹奏楽をやってきたけど、そして、そこそこ吹けるピッコロだったと思うのだけど(すみません、でも言わせて!<m(__)m>)、いつも、上手いバンドで吹きたいなぁ、と思ってたんですよね。自分はもちろん上手くなりたい、で、バンドとしてもきちんと練習したいし、いい音楽を奏でたい、そして、そんな思いを共にする仲間がほしい、と。

だから、風香の先輩たちや同級生、下級生の音楽に対する気持ち、部の中のポジション争いには、わかるよぉ~と思ったり、私もそんなところで吹きたかったな、と思ったり。顧問の先生がガチガチのスパルタ野郎ではないところも好ましかったし。

で、有人はゼロからの立ち上げなのに、全く腐ることなく、やれることを確実にやっていくんだもの。これって、なかなか、というか、とってもできないことだろうな、と・・・。そんな“逆境”なのに、いい友だちができて、伝統のない高校だからこそできる吹奏楽への取り組みまでアプローチしちゃう有人! これはもう大応援団を組むしかないですよ。(団員は私ひとりだけどね。)

有人と風香の恋はどうなるのか。
これはかなり難しい展開になるのでは・・と予測したオトナだったのですけど、(で、もちろん、何も波乱がないわけではなかったけど)会うたびにお互いの部活の話をして、キスやあれこれもあって、そして、一緒にサックスを吹く、という、なんていうか、もう涙ものの高校生ふたり!

途中、有人の音が荒れたり、風香が上達してきたり、また、数々の吹奏楽の名曲や課題曲がいい具合に挿入されたり、吹奏楽ネタも嬉しかった。

欲を言えば、なんかもう一声、山が欲しかったかな。
私だって、吹奏楽部内のドロドロの人間関係や先生の横暴さ、なんてエピソードが読みたかったわけではないのだけど、(というか、そういう話だとイヤだな、と思って恐る恐る読み始めたのだけど)、それとは違ったもう一声!という感じ。

竹内真さんって、きっと根っから優しい人なんでしょうね。すみません、欲張りの読者で。<m(__)m>

2015年4月29日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2015年4月29日]

津村啓、イケメン職業作家。
妻は大学の同級生だった夏子、腕のいい美容師。
売れない習作時代を妻の稼ぎで支えてもらい、今がある、と彼も妻も知っているのだが、どこかぎくしゃくした夫婦関係を続けている。

そして、夏子が女友達の大宮ゆきとスキー旅行に出かけ、ふたりとも事故で亡くなるところからこの物語は始まる・・・。

突然妻を亡くした男、啓は当然、呆然とするのだが、生前の夫婦のぎくしゃくを引きずったまま、ストレートに悲しむことができずにいる。

「蛇イチゴ」「ゆれる」「ディア・ドクター」「夢売るふたり」の映画監督としてずっと追いかけてきた西川さん。関連本も小説『その日東京駅五時二十五分発』もお見事!と言いたい出来で、(もちろん映画も素晴らしい。「夢売る・・」だけは私の範疇外だったけど。)だから、今回の「永い言い訳」もさすが西川さん! と言ってしまえばもうそれだけの感想になってしまいそう。

津村啓は、まぁ、なんていうかイヤな奴で、でも、だから彼を嫌いか、と言えば、そうではないんだよね、となるところが西川さんの力量なんでしょうね。

生前に友だちだった妻を失った者どうしがより添い、お互いに慰めとなる、と言うととてもいいお話、いわゆる美談になりそうなのだけど、そこをあえてはずして、お話が進んでいくところが新鮮、かつ、うんうん、そういうことってあるのかも、と。
・・・・・・・・・・・・・・・
愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくはない。(中略) 人間死んだら、それまでさ。俺たちはふたりとも、生きている時間というものを舐めてたね。
・・・・・・・・・・・・

と終盤、亡き妻に語りかける啓の気持ちがすとんと私の中に入ってきて、そこでもう、彼のことを受け止められる、と思えた。これだけで、変な言い方だけど「許す!」って思えたというか。

そして、西川さんはこのお話を映画化するんだろうか、と読みながらずっと思っていたんだけど、この啓は誰がやってもきっといいポジションを占めるのではないかと思う反面、ゆきの夫の陽一は難しいだろうなぁ、と。無駄に熱血でガサツな男、にはしてほしくない。陽一のキャスティングに映画の成功がかかってるよね、なんて、始めから映画化ありきで考える自分が可笑しいのだけど。

2015年4月28日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2015年4月28日]

ここのところ、一押し!(#^.^#)の津村記久子さん。

「八番筋カウンシル」
「とにかくうちに帰ります」
「ウエストウイング」
「ポースケ」
「これからお祈りにいきます」

などを、舐めるように(^_^;) しょっちゅう読み返しております。(去年の「エヴリシング・フロウズ」はもう一声!汗だったけど)

で、「やりたいことは二度寝だけ」に続く、エッセイ集。ここ3年程の新聞や雑誌に連載していたものを寄せ集めた一冊なので、時系列もちょいと定まらないし(途中で会社員との兼業から作家一本になられたので、これはいつの話? 辞めてから? 辞める前? と混乱。汗)、それぞれ字数が少ないのが物足りない、ということが難点ではあるのだけど、それでも津村さんの“匂い”とこんな思いを背景にあれらの小説群は生み出されたのか、と思えることが嬉しい。

前作エッセイのタイトルから、うんうん、兼業では毎日がいっぱいいっぱいだよね、と思っていたのが、今回の「遠くにありて思うもの」からは、もう作家一本なのだから二度寝なんてやりたい放題じゃないの? それとも、二度寝する必要もないってこと? と予想していたら、全く予想外の展開を知らされ、そっか、それも津村さんってこと??と思ったり。

冒頭の「布団への限りない敬愛」には笑った。

布団に対して、

電気・ガス・石油などは不要なまま、人間の体温のフィードバックのみで暖かくしてくれる

と、古来(#^.^#)からあるモノへの今更ながらの鋭い考察で、実は、私もこの冬、寒い寒いと思いながら寝について、いつの間にかポカポカ暖かくなる布団の仕組み!をたいしたものだなぁ、なんてしみじみ感じていたところだったから、あはは・・すっかり共感してしまった次第。

津村さんは、帰宅すると(これは会社からでしょうね)、布団に「今日もいやなことがあったけどなんとか帰ってきたよー」とか、「ありがとさんよー」とかまるで自分の友だちOR恩人のように話しかけ、最後は「ふーとーん」「ふーとーん」という布団コールで締めるという。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はたから見るとどんなに物悲しく見えるのか、少し知りたい気もしますね、と一応正気のふりをして自分の性癖を疑ってみたりもするのだが、
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と来て、最後には
・・・・・・・・・・・・・・・
遠回しにお勧めする。

ですと!!

もうすぐ30歳、県外で一人暮らしの長女がもしかして同じことをやっていたりして?なんて、チラッと思ってみては、なんか妙に温かい気持ちになってしまうのはなぜでしょう?

・・・で、津村さん、早く新作の小説が読みたいです!

2015年4月28日

読書状況 読み終わった [2015年4月28日]

面白く読みました。(#^.^#)


伊坂さんと阿部さんのホントの合作ということで

最初は伊坂さんがざっくりとお話の骨組みを作り、
その後は、
・・・・・・・・・・・・・・
いちおう章ごとに担当は分かれています。その章ごとに順番で書いていったんですが、書き進めていくうちに、前に戻ってお互いに書いたことを書き直すような作業形態になっていきました。さらに最終的には、まず伊坂さんが全体を直して、次に僕が全体を直すという。もう章の区切りも関係なくお互いがお互いの文章をいじり合うみたいなことになりましたので、掛け値なしに合作と言っていい小説になっていると思いますね。(BY阿部)
・・・・・・・・・・・・・・・

とのことで、神戸牛か、「キャプテン…」か、というくらいの“霜降り”合作だったそう。

お話は

それぞれお金に困っている元野球少年凸凹コンビが、危ない橋を渡ろうとして大きな組織(というか、国家)の陰謀に巻き込まれていく・・・という、伊坂さんお得意の国家権力の大きさ、怖ろしさを背景にしたものだったのですが、途中までは、これも伊坂さんお得意の迷惑キャラが本当に迷惑なヤツで苛々。それに、次々に出てくるコワイ人たちがこれも本当にコワくて、途中で止めようかと思ったくらいだったのだけど、蔵王のお釜を舞台にした疫病の話とそこに関わる人たちの人物造形に非常に興味をそそられて読み進んでしまいました。汗

で、うん、面白かったんですよ。(#^.^#)

それにしても、合作って、読む方のスタンスから言うととても落ち着かない、というか、これは誰の発案なのか、この文章は誰が書いたのか、どこに私は立っていればいいのか、がわからないんだよね。
私は伊坂さんファンなので、どうしても伊坂さんの息遣いを感じながら読んでしまって、でも、ここは阿部さんが書いたのかも?なんて途中で思ったり。
↑の、2人の合作のやり方を最初に読めばよかったのかな。







ネタバレです。


「ゴールデン・スランバー」では、国が本気を出したら一個人の奮闘なんて蟷螂の斧でしかない、でも、国にもたまにオチはあるわけで、という、ハッピーエンドともアンハッピーエンドともいえる終わり方だったのが、こちらは、その国の闇の部分をうまく動かして、あれこれ全てしっかりと収束、あぁ、よかった、となるところがホントに嬉しかった。
最後まで読んでよかったなぁ、と思うし、今度もう一度、落ち着いてゆっくり読み直そうと思ってます。

2015年4月28日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2015年4月28日]

主人公は学校ヒエラルキーで中の上(その学校そのものも偏差値53とかで中の上らしい。)を自認する高校二年生女子・若竹若菜。

自分と似た“階層”に属する友だち3人と作る緩い仲間関係にそんなに不満はないけれど、同時に、なんか違う、とも。

そんな若菜がどうしても気になる図書委員の高橋さん。笑っちゃうくらいの“見た目文学少女”で、その彼女が貸してくれた本は太宰治の「人間失格」と来る。

この小説の冒頭からして、その「人間失格」をお手本にして若菜が書いた小説とも手記ともつかない

うっかりした生涯を送ってきました。
自分には、女子高校生の生活というものが、見当つかないのです。
自分は日本中どこにでもある地方都市に生まれましたので、ドン・キホーテをはじめて見たのは、よほど大きくなってからでした。


なんだもの。(#^.^#)(#^.^#)

本を返しながら若菜は高橋さんに「ワザ、ワザ」とささやき、それ以降、若菜は彼女から“竹一”と呼称されてしまうわけなのだけど、往年の(大汗)太宰信者にはなんとも痛面白い展開&文運びで、うん、とっても気に入ってしまった次第です。

自分のキャラを模索する平凡な主人公、というのはこれまでにも腐るほど(失礼!)あったテーマだと思うし、そこに出てくる脇の人たちが魅力的だったり面白かったりとなると、結局主人公だけが無色透明&優柔不断な傍観者という位置付けもまたよくあるパターンで、最初、このお話は高橋さんを見つめる、あるいは振り回される若菜、という話かな、と思ったのですが、読み進むうちに、確かに高橋さんは自ら見事に作り上げた強烈文学少女キャラながら、若菜もいやいや、たいしたもんですよ、と。(嬉・嬉)

しかも、若菜の家は、それぞれの事情でシングルマザーになった曾祖母・祖母、また、家を出はしたけれど若菜の母との約束(契約?)で毎日夕食だけは食べにくる父、というこれまたみんな非常~~に強烈な(ゴメン、このフレーズが頻発だけど、ホントにそうなので許してほしい。)メンバー、その上に受験生の弟もなかなかヤルんですよ。(#^.^#)

若菜が高橋さんの“竹一”としてあれこれ動いたり、考えたり、また家族の中でも、自分のこと、それぞれの家族のこと、をぐるぐると考えているその心の動きや行動がホントに面白い。

文学好き=太宰好き という公式が滑稽ながら優しく描かれている面も、あはは・・・と笑える今の自分が嬉しかったりもして。

会話の妙や、ぐるぐる回りながらいい着地点を見つける(少なくとも見つけそうになる)若菜の頭の中の思考も読んでいてとても楽しい。

朝倉さんの今までの作品の中で一番好きです。(#^.^#)

2015年4月13日

読書状況 読み終わった [2015年4月13日]

ここのところ、マハさんの“独占市場”である美術界を背景にした人間模様。あれこれの仕掛けが周到に用意され、この物語はいったいどう流れていくのか、決着はどうつけるのか?と、先を急いで読んでしまう、という意味では面白かったのですが…。

東京の老舗画廊の御曹司・篁(たかむら)一輝。(この苗字、カッコいいよね。いかにも高貴&物語の主な舞台となる京都の匂いを始めから感じさせて巧いなぁ、とも。)そして、彼の妻・菜穂は、父親の経営する日本有数の不動産会社を母体とするセレブな私設美術館の副館長。幼いころから“名作”を見抜く目を持つ彼女は今妊娠中で、3・11直後の東京の放射能を恐れ、京都に一時避難中という導入です。

・・・・・・ う~~ん、これはマハさんの意図したとおり、なのかもしれないけど、どうしてもこの菜穂が好きになれない。いかにもお嬢様育ち、という自分の価値観だけを主張する我の強さ、想像力のなさ。
美術の世界では、人好きのするような穏やかな女性ではわたっていけない、ということなんだろうか。うん、新人を発掘したり、大御所とやりあったり、また、他の画廊を出し抜いたり、と性格の強さは必須なのかもしれないけれど、それにしても、夫に対するモノの言い方、思いやりのなさは読んでいて辛かったし、うんざりだったんですよね。

で、京都で出会った無名の若い女性の画家・白根樹。彼女の描いた絵に一目で惹かれていく菜穂の心の動きやその絵の描写はさすがマハさんと思わせる素晴らしさで、また、樹の持つ謎めいた空気・生い立ちはまるでミステリーのように読む者をぐいぐいと引っ張ってくれたし、京都に何百年も前から住み、その家系を誇る人たちの奥深い営みも素直に面白かった。

でも、一輝がなぜ菜穂を愛したのか、こんなイヤな女(と言ってしまうけど)との結婚をこれからも続けたいと奮闘努力しなければいけないのか、がどうしてもストンと来なくて…。

ネタバレです。





愚直に妻を愛し、家業を守ろうと努力した彼がなぜこんな目に合わなければならなかったか、あまりに可哀想すぎる、と後味が悪すぎるんじゃないでしょうか。ねぇ、マハさん、と言いたいです。

2015年4月13日

読書状況 読み終わった [2015年4月13日]

人の心の闇を映し出す“目”を持つ童女・イオ。


ネタばれあります。




日本橋の酒問屋の若旦那・央介と一緒に江戸の事件を面白い角度から解決していく・・・と、なかなか期待させる導入だったのだけど、イオの村の秘密が明かされるにつれて、う~~ん、これって作り過ぎじゃない??と。
時代劇ファンタジーということで、かなり斬新な設定を苦心されたのはわかるんだよね。でも、奥深い村に伝わる奇譚、人知を超えた何モノか、というくらいで十分楽しめたのではないかと・・・。


同じ罪を犯していてもイオの瞳に動じる人、動じない人。結局、イオが映し出していたのは、罪というより良心でそれがなくなってしまっている人にはイオは何の脅威でもない、というあたりも、もうちょっと面白くなってもよさそうかな。

2015年4月10日

読書状況 読み終わった [2015年4月10日]

西加奈子さんとせきしろさん、という短歌の超初心者が気軽に短歌を作ってみました、何も知らないふたりだからこそ、の斬新さ、面白さをお楽しみください的な企画なのだけど…。

確かに文筆業のおふたり、十七文字に自分の世界を入れ込んで、うんうん、それぞれ、西さんらしい、せきしろさんらしい、と言えなくもない・・。
ただ、実は私、短歌という形式がとても好きで、また、作歌に真摯に没頭するプロだったり、学生だったりの人々をリスペクトする気持ちも強いものだから、お2人の短歌はおふざけが過ぎるのでは、と、やだなぁ、これって町内のうるさ型みたいな言い方だよね。

でも、まぁ、毎回、ゲストや指導者を迎えて、その都度違った驚きを読者に伝えてくれたのは、どこかの回で気に入ってもらえれば、ということなのでしょうし、その意味ではうん、面白く読みました。

私が好きだったのは、俵万智さんの回。

22 というお題で

ほっぺたの雫勘定してみてん笑かしよるでちょうど二十二

という、一見わけわからん!(^_^;)という短歌の背景となっている

泣いている自分を冷静に見ている自分、
(実は妙なテンションになっている。)

という気持ちを西さんから引き出して、
それなら、と

泣きながら電信柱数えてん ちょうど二十か? ちょうど二十二

と添削。うん、これならストンと気持ちがわかるなぁ、と。

また、

22の時に産まれた長男は22でなお仕送り貰う

というせきしろさんの短歌に、

長男が、にしたらどうだろう、と提案。
長男は、だと一般論的だけど 長男が、だとより身につまされるから、と言われ、なるほどねぇ~~!
また過去形ではなくて、現在形にしたところが切実さが伝わってくる、と褒めてくれ、うん、これは案外いい歌かも、なんて読者に思わせてくれる、という優しさ? それとも俵さんの力量? (#^.^#)

2015年4月10日

読書状況 読み終わった [2015年4月10日]

震災後の“東京”を多角度から描いた恩田陸さんの最新長編小説。

始めのうちは、いったいこの話のスタンスはどこにあるの??と、あまりに取りとめのない話の進み方に戸惑ったけれど、段々にパズルがはまるように見えてくるものがあり、特に、自称「吸血鬼」の吉屋(ヨシュアと読めたりもするところがいいよね。)の不可思議さ&面白さに、新しい物語を読む楽しさを味合わせてもらった。

恩田さんを思わせる“筆者”が、東京を主人公にした戯曲をあれこれ逡巡しながら書き進め、また、その脚本が劇中劇よろしく語られるところもよかった。(#^.^#)

筆者とその友だちB子が東京をそぞろ歩く話、「趣味で」人相見をする“新橋の狐”さん、(たぶん)ゴジラが東京に上陸してしまうその夜の恐ろしさと同時に滑稽さ、など、SFなのか、エッセイなのか、エンタメ小説なのか、その混沌さがとても面白かった。
今、一度読んだだけなので、これからもう一度読み直します。きっと二回目の方がずっとこの奥行ある話を楽しめるだろうから。

2015年3月29日

読書状況 読み終わった [2015年3月29日]

福井にお住まいだった宮下奈都さんご一家(両親。中学生男子ふたり、小学生女子ひとり)が北海道のトムラウシという、大雪山国立公園の中にある集落へ!

ご主人の「小さなコミュニティで暮らしたい」という願いがそもそもの発端だったのだけど、宮下さん自身も戸惑いながら、しっかり僻地5級(小中学校併置で全校生徒は移転を決めた時点で9名)の生活を楽しんでおられる日々を綴った一冊でした。
私は田舎で育ったので、“小さなコミュニティ”というものが息苦しくて嫌なのだけど、元から住まわれている方、宮下さん一家と同じように志を持って移住して来られた方、そして、いわゆる僻地勤務の学校の先生方がそれぞれ個性的でホントに素敵だったと思います。

トムラウシは「神々の遊ぶ庭」と呼ばれるくらい、素晴らしい景色に恵まれた地なのだとか。
始めは、そんな所に引っ越すなんてとんでもない!と思っていた宮下さんが、あっという間にその地に馴染み、地域の人たちと交流し、自然を満喫し、太っ腹の子どもたちが日々を楽しんで。(#^.^#)

きっと、文章にできないことも多々あったのだろうけど、落とし噺のようにオチが用意されている日々の記録は、ただの田舎礼讃、自然万歳、また鼻につく伸び伸び子育て論(やだね、この言い方、私・じゅんの意地悪さが透けて見える・汗)にはなっておらず、うふふ・・とたくさん笑わせてもらった。

たとえば・・・

次男くんが、自分のことをエッセイにはあまり書かないでほしい、と言い出したくだり。
それはそうかも、と承諾したお母さんに、
名前も仮名にしてほしい、と。
・・・・・・・・・・
うむ。それは私も考えていた。本人の知らないところで表に名前が出てしまうのはあまりよくないことかもしれなかった。
「漆黒の翼」
「え?」
「だから、仮名。『漆黒の翼』にして」
ほんとか。宮下漆黒の翼か。それでいいのか次男。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(#^.^#)(#^.^#)
全編、この調子なんだもの。

ご長男は中二での転校で、高校受験はどうするのか。ずっとここに住んで骨を埋める覚悟なのか、期間限定で田舎暮らしを楽しむのか、は、ネタばれになるからここには書かないけれど、あれこれ迷い、話し合って方向を決める宮下家のあり方がいいなぁ、と・・・。

ただ・・・
宮下さんのご主人は、定職、というか、収入というものに重きを置いていないようなのがとても気になった、とここでこっそり言わせてもらいます。

2015年3月29日

読書状況 読み終わった [2015年3月29日]
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